3-9・海中模索
キリルは海に飛び込む。
あっと言う間のことで、ニアは完全に気を失って赤い海をぐんぐんと沈んでいく。キリルは必死で波を蹴り、ニアに向かう。
赤い海は普通の水よりも抵抗が大きく、進みが鈍い。落ちていくニアのスピードは速く、キリルがどれほど泳ごうとも全く近づかないどころか、遠ざかっていくばかりだった。
息は苦しく浮上することさえ難しいだろうと今更ながらに気付いた。
よくよく考えれば、ニアとキリルは違うのだ。
ニアの体は海に受け入れられているが、キリルはやはり陸を住処とする人間なのだ。無抵抗で落ちていくニアはとても遠い。
それでも必死で、海を蹴る。
救いは赤だけの視界に、白い布のニアが目立つ事だった。ニアを掴み、気付かせさえすれば、後は彼女の能力ならば勝手に上ることができると考えていた。
急に赤い世界からニアは消える。
驚くキリルは次の瞬間、青い世界の中にいた。船上での喧騒が嘘のように穏やかな海。キリルの体は本来のスピードに戻り、目の前のニアに泳ぎ着く。
掴んだニアはぐったりとしていたが、こちらも息が苦しいことに変わりはない。上を見ると、そこには赤い世界が広がっている。
これを上るのだと本能的に悟り、キリルはニアを抱えたまま赤い世界へと突入する。入る分にはするりと入るが、上へ進むのは落ちる時の倍の力が必要となり、下に沈んでいく。
再び赤い海から落ちたキリルはニアと共に更に沈む。
必死でキリルは彼女の頬を叩く。水圧のせいで、叩いた手は実際には撫でる程度にしかならない。
もう水深十一メートルに到達しようとしていた。
苦しさに気が遠くなる。
(ニア、起きろっ、起きてくれっ)
心中で祈るが、当然彼女に届くわけもない。何かが目の端で光り、キリルはデジャヴを感じる。
同時に体がものすごい勢いで引き上げられる感覚に、肺が圧迫される。
ついに息を吐き出す。
その時に見えた顔に、キリルは驚いた。
(ニアッッ?)
自分の腕にいるはずのニアが、自分の前に立っている。
おまけにそのニアは髪が短い。そして皮肉げに歪めた唇と冷たい瞳で、キリルを見ている。
よく見れば、ニアではないと知れた。彼女ではなく彼だと。
ニアによく似た美青年は白いクラミスを羽織っている。膝丈の白いキトンに革紐で膝までを覆ったサンダル、黄金や宝石で作られた装飾品の数々。
そしてやっとキリルは息が出来ている現状に気付く。
周囲を見渡せば、二つの船と、巨人。
キリルは海の上に上半身を出していた。足を動かさずとも足の下で渦巻く水流によって支えられている。
ニアによく似た青年は、片手にを持っている竪琴をおもむろに弾き始める。同時に三人をのせた海は盛り上がり、塔のように聳えた。
水だというのに不思議と確かな硬さをもった水は、三人を乗せても揺るがない。
青年の呼吸が聞こえる。
深い深い呼吸――そして歌がのびやかに広がる。
「 全てを飲み込む波となり
神の敵と相対す
神の槍となり
我らは血を流す
我の血は神への賛美を刻み
神の敵を焼くだろう 」
神への賛歌。
優しげな声とキタラの音色が辺りを包み込むと同時に、巨人は動きを止めた。
「 我らには加護ある
タラッサテオスに守られし民
海に愛されし民
我らはなにものをも恐れぬ
全てはタラッサテオスへ捧げよう
いずれは我らも波となる
神の御許にゆくまで立ち止まるな
我らが友よ
我らの魂は
タラッサに帰する 」
美しい音楽と共に巨人が海に沈み込んでいく。大きく海を揺らし静かに水底へと沈んだ後にはただ、キタラの音色だけが残った。
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【次話公開 → 本日 20:40 予定】
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