3-7・異常事態
もう十回近く海面は揺れ、終いには大きく沈み込み、一気に盛り上がった。
まるでゴムを突き破るようにその巨大な白い塊は姿を現す。
それは遙か二十メートルを越す巨体を持っている。海から覗く上半身はツルンとした乳白色の肌質で、毛髪や穴はまったくなく、それでも頭部とおぼしき円柱のような形をした突起や肩、腕から人間体によく似た生物であることは確かだった。
両手には鎖のように海水が絡まり、巨人はまるで解き放たれようとするかのように体を揺する。
海水は柔軟に揺れ、巨人の体を取り巻き、まるで海の底に戻すかのように引き込んでいく。
ニアたちはただ見ていることしかできなかった。必死で船にしがみついて落とされないように身を律しながら、ただ目の前の光景に圧倒されるしかない。
その生物の頭部には横線が二つ上下に存在している。悲鳴すら上げられない緊張が船を包む中、その頭部が左右に大きく振れる。
上の線が下方向に開くと、そこには赤く光る目玉が一つ。そして下の線が上方向に開くと、真っ赤な液体がダラダラと体を伝い落ちる。
巨人は開いた口から耳を劈くような鳴き声をあげた。
「キュォーーォォンッッ」
堪らず悲鳴を上げる者が続出し、ついには我慢ならず、弓を放つ者も出てきた。
「落ち着けっっ」
耳を押さえながら、各部署の隊長が怒鳴る声があがる。
ニアはあまりの光景にへたり込んだ。
(今の……歌……っ?)
耳を押さえ、考える。
鯨やイルカが使う反響定位にとても近いものだった。それらは基本、超音波によって暗い海底内の情報を知覚するものだ。意思の疎通はもちろん、時に高い指向性を持つ強力音波で失神や麻痺を起こすこともある。
ただ今の声は他言語に近く、ニアには何と言ったのか全く分からなかった。また攻撃的なものでもあると瞬間的に悟ってもいる。
「キリルっ、みんなの耳を塞いでっ」
「なんだ、急にっ?」
「今の、まずいよっ」
「はぁ? もっと分かるように……っ」
巨人が腕を大きく引っ張り、同時に海面も大きく動く。海はまるで一枚の布のように引き吊られ、持ち上げられ、沈む。
巨人は暴れていた。
「ネロっ!」
「了解です」
主の声にネロが頷く。ミルティアデスは、声を張り上げた。
「全員持ち場に付けっ! 奴に銛を打ち込む。逃げ戦は好きではないが、こちらも軍艦一隻ではいささか心許ないっ。傷を負わせ、撤退の隙を窺う! 文句はなかろうっ、さぁ行動を起こせっ、我が民よ!」
さっきまで怯えていた船員たちがたちまち落ち着きを取り戻していくのをニアは見ていた。
不思議なことにミルティアデスの声はこの超音波の中、よく通っている。
「さすがはミルティアデス殿だな」
キリルは呟き、縁に手をかけ自船を見やる。少し遠くにある船はデニスの指揮の元なんとか、操船を行っている。
ニアを乗せた船は櫂を握った男たちの手によって、流れに逆らい、どんどん巨人へと近づいていく。
近づくにつれ、巨人の肌が人間と同じような素材でないことが見てとれるようになる。それはまるで真珠のように凹凸のない一面体によって構成されている。
また巨人の口が開く。
「ミルティアデス殿、耳を塞がせた方がいい」
キリルの言葉に従い、ミルティアデスは「耳を塞げ!」と号令を掛ける。
同時に音波が駆け抜けた。
「キュオォォーーォンッッ」
ニアも堪らず耳を塞ぐ。
音の余波で頭がクラクラする。これは本気でまずいと思った。
実際、耳を塞ぎ損ねた者の中には耳や鼻から出血して倒れる者が続出している。キリルも苦しそうに耳を押さえ、膝をついた。
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【次話公開 → 本日 18:40 予定】
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