3-6・赤い海
ニアは、海の中で迷子になる夢を見て飛び起きた。
胸にある嫌な感じはそう簡単には消えてくれないが、それ以上に心臓がドクドクと早鐘を打っていて、そのリズムにまた怯えていた。
荒い息を繰り返し、汗の浮いた額を手の甲で拭う。
脈打つスピードが不安や恐れを誘発している。自分で自分を追い詰めているのだから世話ないが、ニアは震えていた。
なぜだか、落ち着かない。
部屋のど真ん中でキリルは寝ている。ほぼ大の字だ。
(なんて寝相の悪い王子様……)
少し呆れて同時に、自分が世界に一人なわけではないことにホッとする。だが、寝る前のキリルの言葉が蘇って、ニアは頭を振った。
(考えるなっ、考えちゃダメ。あたしは人と違う、そう見られても仕方ないの。それより、今は……今は、キリルの役に立たなきゃ)
彼は自分の立場が危うくなるかもしれないのにミルティアデスに掛け合ってニアを海に入れて、助けてくれたのだ。
(キリルが……どう思ってても、それはあたしには関係ないことっ。しっかりしろ!)
また床に体を倒す。だが、すぐにニアは体を起こした。
鯨の悲鳴が聞こえたのだ。
「キリルっ、キリルっっ」
慌ててキリルに駆け寄る。
「どうしたっ?」
「キリルっ、鯨が泣いてるっ。怖いって泣いてるっ」
上体を起こした彼の胸元を掴んで、ニアは言う。面食らいながらも、キリルの耳にさえ鯨の低い角笛のような鳴き声が聞こえてきた。
「……何だ?」
「分かんないっ。けど……行かなきゃっ」
「分かった」
キリルは立ち上がり、ニアを連れて部屋を出る。そこにはネロが立っていた。
「あ、ちょーど良かったですー。実は鯨、鳴き止ませて貰えません?」
ニアは頷き、甲板まで出る。
夕暮れの日差しの中、鯨は止まっていた。近くに島影はない。
「……っ」
吐き気がこみ上げてくる。
あまりの気分の悪さに立っていられなかった。ニアはあやうく倒れそうになるも、キリルの腕が支える。
「おいっ、どうしたっ?」
「気持ち悪……っ、鯨も、言ってる……苦しいって……」
彼に体重を預け、真っ赤に染まった海を指さす。
最初、キリルは夕焼けが海に反射しているのだと思った。だがどうやら、海そのものが赤く染まっていると気付いた瞬間、戦慄した。
多くの死骸が浮いている。中には腐乱したあまりブヨブヨのゼリー状になっているものもある。
「これは血か……っ?」
魚にしては大きすぎるものも多々ある。いや、魚ではない。それらはきちんと四本の足を持っている。あるはずのない哺乳類たちの死骸だった。
ネロは首を傾げている。
「何だか分かりませんケド、とりあえずさっさと通っちゃって欲しいんですヨ」
ニアは海の光景に呆然としていた。
こんな海をニアは知らない。
「なんてひどいの……」
悪寒が体を支配する中、鯨に呼びかける。ニア自身、この海域にいることが辛かった。だが、鯨は麻痺したように全く動かなかった。
ごくりと唾を飲み込み、心を奮い立たせる。
「海に降りて、見てみよっか?」
「ニア、待て。毒かもしれん」
「毒? だけど、だったら……なおさらこの子をここから移動させないとっ」
ニアの言葉にキリルは渋い顔で首を横に振った。
「お前までどうにかなったらどうするつもりだっ。少し待てっ」
ニアはキリルを睨む。
「ミルティアデスだ……」
キリルの視線の先――この船の主が船上に現れたところだった。
「ふむ、血の臭いじゃないな。この赤が何か知らんが、血でないのは確かだ」
ニアは驚いてミルティアデスを見る。彼は海を見ながら、何でもないことのように付け足す。
「血はたくさん見た。こんなにも血が流れて、全く臭わないのは可笑しいだろ? こいつは血じゃない」
ニアは海を覗き込む。そこは濁っており、奥が見えないほどだった。船員が梯子を使い、鯨の背にうっすらと溜まった赤い液体を調査のために小瓶に入れた。
「あっ」
ニアの目に、一メートルと離れていない海面が白く染まっていく。白くなった海面はゆっくりと中から盛り上がる。
「な、なんだ、ありゃっ!」
梯子に掴まった船員が声をあげ、同時に波に飲まれる。慌てて仲間の船員が、縄を投げるが、もう彼の姿はどこにもない。
白い海面はさらに上昇して、また沈み込む。数度それは繰り返され、船は大きく揺れてついには鯨の背から二艘とも振るい落とされる。
幸い修理の終わった船体は浸水せずに済んだが、どちらの船も海面の上下運動で起きた波に、舵が利かなくなっていた。
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【次話公開 → 本日 17:40 予定】
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