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タラッサの歌姫―巫女ですが偽装結婚しました―  作者: ムツキ
第三章・怪音波とキタラの音色
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3-5・正体と秘密


 一方、ニアはキリルと一緒に元いた船室に戻ってもご機嫌だった。


「……おい、調子に乗るな。ミルティアデスは確かに寛大だが、ただ寛大なのではない。計算もあれば裏もある。気を許し過ぎるな」


 キリルは部屋に入るや否や、釘を差す。ニアは助けられた恩も忘れ、彼を(にら)み付ける。


「ひどっ。何ソレっ。好意を素直に受け入れられないの?」

「好意? 冗談だろ。王は慈善事業じゃないし、ましてミルティアデス・テルマだぞ?」

「わ、忘れてないわよ……」

「だったら、どれほどの殺戮(さつりく)を犯したかも分かるだろう」

「……それは、……そうだけど」


 だが、ニアには不思議でならなかった。あんなに寛大な男だとは想像もしていなかったのだ。

 今も二人を捕虜ではなく部下なのだと言って(はばか)らないミルティアデスを、ニアはそんなに悪く思えなくなっていた。


「ニア、言っておく。あまり正体を見せすぎるな」

「え?」

「お前、人間じゃないんだろ?」


 キリルは何でもないことのように言った。ニアは信じられない思いでその言葉を聞く。


「……に、人間、だよ……あたし……。何言ってんの、ヤだなぁ」


 笑おうとして失敗していた。


「人間の潜水限界域を軽く突破しておいてよく言う。お前は海中で本当に肺呼吸をしているのか?」

「それは……っ」

「鯨と話せ、鯨より早く泳げもする。日に一度海に入らねば……窒息、か?」

「……っ」


 必死に言葉を捜すも、キリルはそれらを壊していく。

 彼は強い力でニアの肩を掴んだ。


「いいか、明日からは長時間(もぐ)りすぎるな。人間と同じ時間で海面に出てこい。絶対に鯨より早く泳ぐな。いいな?」


 向き合って、真っ正面から言うキリルの目は、嘘を許さない厳しいものだ。


「……きり……る……」


(あたし……人間なのに……)


「奴にバレないようにしろ」


(人間……な、のに……っ)


 キリルが目を見開く。彼は驚いたように、ニアを見つめていた。

 頬を伝う熱いものに互いが気づく。


 ニアは泣いていた。


 本当は泣きたくなんかなかった。それでも色々な感情がぐちゃぐちゃになって、気持ちの整理がうまくいかない。

 子供の頃からそうだった。父はニアほど深くは潜れず、水中に長くいることもできなかった。

 ニアは人と違う事を密かに悩んだ。父はそれを個性だと言った。


 素晴らしいことだと。

『ニアは海も陸も両方の素晴らしいところを見て回ることができる。それはとても素敵なことだよ』と。


 それでもニアには分かっていた。兄や母のように泳げても、そちらの世界には受け入れられず、地上でも受け入れられないのだと。


 ミルティアデスの言葉は、だからとても嬉しかったのだ。

 キリルの言葉は、だからとても哀しかったのだ。


「ニ……」


 キリルの手を振りきり、腕でゴシゴシと目を擦る。そして、ニアは笑った。綺麗な微笑(ほほえ)みを浮かべて、彼を見つめる。


「うん、分かった! 頑張るね。うまくできるか分かんないけど、いっぱい頑張るね」

「ニア……俺は」

「うん、分かってるっ! 分かってるから……言わないで……」


 キリルは何も言わなかった。ニアは部屋の隅にいき、また膝を抱えて目を閉じる。今度はずいぶん体が楽だ。だが、心はまるで重石(おもし)を乗せたように苦しく、喉の奥に苦いものを流されたように落ち着かなかった。

 だからニアは知らない。

 キリルが呟いたのを。


「……何も分かってない、お前は……」


読んでくださってありがとうございます。

【次話公開 → 本日 16:30 予定】

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