3-3・郷愁の海
ニアは一瞬で全てを悟っていた。
素早くキリルの襟首を掴み、勢いよく海面を目指す。
水の浮力で彼を運ぶことは簡単だった。
キリルを海面に押し上げると、彼は大きく咳き込んだ。目には涙すら浮かんでいる。本当に溺死しかけたようだ。
もっと早くに彼がいることに気付けばこうはならなかった。つい後ろ向きになりがちな考えを振り切って、背を撫でる。
(海だ……)
ニアがすぐにキリルの存在に気付かなかったのもこれが原因だった。最初、心地良い感覚がきて、海のようだと思っていたら全身に海を感じたのだ。
幸福感と開放感に浸っていたせいでキリルは死にかけたのだと言ったら、彼はどんな顔をするだろう。
そう思いながら、彼に肩を貸し続ける。
「はぁ、はぁっ……くそっ、死ぬかと思った……っ」
「あたしもだけど?」
「お前、のはっ、……溺死、じゃない、だろっ」
途切れ途切れに言うキリルはまだ苦しそうだった。そうしている間にも船、もとい鯨との距離は開いて行く。鯨は船くらいには早いのだ。
「ねぇ、このまんま帰る?」
「……おま……っ、はぁ……」
大きく息を吸い込むキリルに、ニアは笑う。
「分かってるって、部下は見捨てない、交易も終わってない、でしょ? ここ二日で、そのケチ根性分かっちゃってるんだから」
片目を瞑って見せると、キリルは意外にも笑みを浮かべた。
「まぁな」
彼の笑顔らしい笑顔を見たのは初めてかもしれない、と目を逸らして話題を探す。
「でも、何で海に?」
「俺も少しは分かっている。お前の話は、ほぼ海のことだったからな」
「……それで海に?」
「あぁ。亀も水に浸かりたがるだろ」
「か……亀っ?」
「心配させるな、この水棲人間」
頬を膨らませるニアに、キリルは珍しい朗らかさで言う。ニアもなんとなく、喧嘩をするのがバカらしくなって、笑った。
「ありがと、ね。……まぁ自分でも知らなかったんだけど、一日一回海に入るって今まで普通のことだったから、……普通すぎたのね」
「で、お前の自慢の泳ぎで追いつけるのか?」
初日のデジャヴを感じながら、ニアは頷いた。
大きく息を吸い込むことを指示して、手を差し出す。キリルはその手を掴み、指令を実行する。
ニアは勢いよく潜り、海を蹴った。
イルカのように下肢を上下に揺らし進んでいくニア。キリルは衝撃の凄まじさに意識を保っているのが精一杯だった。
ニアのスピードは人間とは思えないほどに水圧をものともしないのだ。おまけに水深十メートル辺りを爆走するのだから、堪ったものではない。
しばらく後、ニアは鯨と並んで泳いでいた。
ニアは鯨に話しかける。『大丈夫? 疲れてない?』と聞くと、鯨もヴォーっと鳴いた。
大丈夫だと言う返答を貰って笑みを浮かべて鯨の頬を撫でてやる。キリルが腕を引っ張るのに気付いて、後ろを見ると、息苦しそうにしているのが見えた。
(あ……っ)
慌てて、海面に出る。
「キリルっ、ニアっ」
ミルティアデスの驚きに染まった声がして、ニアは手を振る。
「ちょっと待ってて」
ニアはキリルの手を離し、再度潜る。鯨の正面まで一気に駆け抜ける。
『止まって』
鯨はゆっくりと停止した。
一気に周辺をぐるりと泳ぎ、青い世界に浸る。
(もう、このまま神殿に戻りたい……)
口うるさいドーラさえ郷愁の対象になってしまう現状に、ニアはため息をついた。
(キリルたちを放っていくなんて……できないよね。これで二度目だっけ、助けてくれたの。もっとかな……不義理はできないもんね)
ニアはもう一度ぐるりと周辺を回ってから、海上へと泳ぐ。
顔を出すと、鯨の背に乗ったキリルが手を差し出してきた。
「……ありがと……」
もごもごとした礼は照れからだ。表情も反応も薄い男だが、存外優しいことにニアも気付いている。
手を取り、彼に引き上げられる。キリル自身びしょぬれだったが、それでも濡れたクラミスをニアに引っかけて、梯子に向かう。ニアは一度海を振り返ってから、同じく梯子を上った。
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【次話公開 → 本日 14:30 予定】
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