おやすみ、魔王
勇者が魔王を倒して
世界に平和が戻ってきた
でも魔王はたいへん強かったので
勇者はいろんなものを失くしてしまった
風の音をきもちよく感じる耳
ごはんをおいしいと感じる舌
だれかを好きだと思う心
そしてそのまま王国には帰らず
森の国、湖のほとりで一人で暮らしている
***
勇者は毎日フキゲンだった
勇者は世界をすてきだと感じるために必要なもの全てを
魔王との戦いで使い切ってしまった
この世界を救うために
街の人々は、色あせた世界に一人で暮らす笑わない勇者のことなんて
もうなるべく思い出さないようにしながら
平和な太陽のしたで楽しく暮らすのだった
勇者はどうしようもなく一人ぼっちだった
自分が救ったこの世界のなかで
***
(勇者よ…世界の半分が欲しくはないか……)
せなかにとりついた魔王の残滓が
夜がくるたび勇者の心を誘惑する
(魔王となれ勇者…魔界はそなたを必要としている……)
勇者はくらい部屋のなかで自分の両手をじっと見て
いろんなことを思い出す
旅立ちの日のこと
仲間が増えた日のこと
仲間が減った日のこと
一人で世界を救った日のこと
勇者にはもう、なにが楽しくてなにが悲しいのか分からなかったけど
過去がぜんぶウソになるのだけはダメだと思った
目をとじる
「おやすみ、魔王」
そうして勇者は眠りについた




