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8、花畑

目的地に着くと、馬車がとまった。


「ここは郊外じゃないか」  


イリアスが訝しげに首を捻る。


「はい! 到着しました! 降りて見てください!」  


「一体何があるんだ」


降りるのを渋るイリアスを置いて、私は一足先に馬車から飛び降りた。


「わあ、綺麗!!」


眼の前には花畑が広がっていた。今まで見たことがないほど広大で美しい風景。

赤、白、ピンク、紫、黄色、青、橙。全ての花の色が見事に調和している。繊細な画家の手によって、それぞれの色が優しく混ざり合い、溶け合っているようにも見える。

ゲームのスチルで見て、なんて美しいんだろうと思っていたけど、それを今、目の前で見ることができるなんて、すごく幸せ。

ここには好感度がマックスに達したある攻略対象者が連れてきてくれる場所。誰も攻略してない私がくるのは気が引けるけど、見たかったからしょうがない。

それに私はもう既にこの世界の一員だ。誰にも邪魔されず、自分の足で好きなところに行けるのだ。

この場所を閃いたのがイベントとちょうど同じ季節だったのが幸いだった。  


「これは――」


感慨に浸っていれば、後ろにいたイリアスが馬車から降りる途中で足を止めていた。

表情を見れば、目には花畑しか映っていない。壮大な光景に目を奪われているみたい。


「ね、すごいでしょう!?」


私は振り返って、仰ぎ見た。

イリアスが視線を下ろし、私を見つめる。

わ、初めて視線がまともに合ったかも。


「ああ、すごい」


今! 今、微笑んだー!

流石、攻略対象者! 目の前に広がる花畑以上に美しいものはないと思ってたけど、それ以上の破壊力。

日の光のもとで見ると、まだあどけないせいか、まるで天使の微笑み。


「ね、もっと近くに行ってみましょう」


「ああ」


私たちは道から離れて、花畑のほうへ降りていった。

残念ながら花にはあまり詳しくない私だけど、数え切れない程の種類の花が咲いていた。もといた世界で見るガーベラやフリージア、勿忘草によく似たものもある。

個々の花は決して派手ではないけれど、可愛らしくて、慎ましくて、花弁を目一杯広げて咲き誇る様子は、どの花も負けていなかった。


「いいにおい」


そのうちの小さな一つを摘んで、目を閉じて香りを楽しむ。

再び目を開けると、イリアスがじっとこっちを見ていた。


「どうかした?」


イリアスがふいっと視線を横に流す。


「いや、意外で――」


「意外? 何が?」


首を傾げると、イリアスが首を振る。


「いや、何でもない」


「言ってよ。言ってくれなきゃわからない――」


その時、身近で唸り声のような、呻き声のような音がした。


「な、なに?」


私は驚いて辺りを見渡したけど、周りに異変はない。花に埋め尽くされているせいで、よくわからない。


「こっちだ」


イリアスが歩を進める。

数メートル行った所で立ち止まると、草花を掻き分ける。

じっと地面を見つめるその様子に好奇心が刺激され、私もあとに続いた。


「何があるの?」


同じように覗き込めば、一匹の犬が力尽きたように伏せていた。


「えっ?!」


「野良犬だな。おまけに子を宿している」


「嘘っ」


私はまじまじと犬を見つけた。茶色い大きな犬は見るからに薄汚れていた。やせ細った外見に反し、そのお腹は膨れている。

その大きなつぶらな目が切実に何かを訴えていた。


「力尽きて、ここで倒れたんだろう」


「そんな! なんとかならないの?!」


「簡単に言うな。いっときの気まぐれで助けても、そのあとはどうする? 仮に俺たちが今、病院に連れていってもそのあとの面倒は誰がみるんだ? それに身籠ってるんだ。仔犬も一緒にとなると引き取り手は難しいだろう」


「でも、貴族だったら――」


「余計、無理だな。貴族ならこんな犬飼わない。血統書付きじゃないと」


「そんな――」


私は悲しくて眉を寄せて、茶色の犬を見る。尻尾がだらりと下がった様子に胸が痛い。

それを見て、私の決心が急速に固まった。


「じゃあ、私が飼う!」


「は!?」


「それなら問題ないよね」


「お前、犬、嫌いじゃなかったか?」


「え?」


私はぽかんとして、イリアスを見つめる。

イリアスの顔を眺めているうちに、急速に過去の出来事が蘇った。

第一回目のお茶会の時だ。カレンを迎えいれるために扉の前で待っていたイリアス。従順に脇に座っていた愛犬を紹介しようとした時――


『そんな犬、近付けないで!!』


私の脳裏にヒステリー気味に叫ぶカレンの声が響き渡った。

そして追い払うように扇子を振るカレン。

それ以来、ジャーマンシェパードに似た立派な犬をあの家で見ていない。

きっとカレンが来る間だけは、視界に入らないようにどこかに繋がれているのかもしれない。

ペルトサーク家に相応しい、それこそ血統書付きの耳がぴんと張った賢そうな犬だった。

私の顔から血の気が引いていく。

一体、なんてことをしてくれたのだろう。

私は引きつった笑みを浮かべた。


「あ、あはは……。じ、実はあんな大きな犬を見たのはあれが初めてで。だから、ええっと、……驚いちゃったんです!!」


私は真剣味を込めるため、前のめりにイリアスに向かって叫ぶ。

目には『信じて!!』と念を込めて見つめる。


「い、今は平気なんですよ。むしろ、好きになったというか――。……実は前から本当は好きなんですけど……。あの時は本当にどうかしてました。ええ、本当に」


イリアスが奇妙なものを見るかのように少しだけ目を丸くして、こちらを見つめる。


「だから、あの時は本当にすみませんでした。あの子にも、謝りに行かせてください。――だから、今はこの子を家に連れ帰るのに、力を貸してくれませんか。お願いします」


真実味をこめた目で見れば、イリアスが嘆息した。


「わかった。俺もこのまま放っておくのは嫌だし。一緒に運ぼう」


「ありがとうございます!!」


私は感謝の気持ちをこめて、目いっぱいの笑顔を浮かべた。

そのあとは少し苦労しながらも馬車に犬を運び込み、私たちは無事帰路に就いたのだった。


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