88、剣術大会⑤
観客席でお父様とお兄様と一緒にお昼を楽しみ、休憩時間も終わる頃に別れた私は席に戻る前にお手洗いに向かった。
お手洗いは闘技場の一階で、一旦外に出てから入ることになる。で、お手洗いを済ませ、再び外に出た私の目の中にあるものが入ってきた。闘技場を囲むようにすこし離れた茂みの横に、騎士服の上着が一枚地面に落ちている。
「落とし物? でもなんであんなところに?」
とりあえず拾いに茂みの横まで来て、しゃがもうとしたところで、今度は別のものが目に飛び込んできた。
「ユーリウス!?」
茂みに隠れて見えなかったけど、ユーリウスがそこで寝ていた。
木陰のなか、白シャツ姿のユーリウスが気持ち良さそうに寝ている。
上着はユーリウスのだったのね。暑いから脱いでしまったみたい。ちょっと休憩するには、ここ、木立もあって涼むにちょうど良い場所だものね。いいとこ見つけたわね。
ユーリウスの隣には無造作に剣も置かれている。戦士の束の間の休息ってところね。
それにしても本当気持ち良さそうに寝てるわね。こうしてまじまじと真上から眺めると、顔の造作が怖いくらい整っているのがわかる。
美術館にこのまま展示したいわね。
それこそ目の保養になるわ。
ずっと見ていたいけど、もう休憩も終わる頃だから起こさなきゃ。
「ユーリウス? 起きて! そろそろ試合も始まっちゃうわよ!」
腰に手をあてて、身を屈めて覗きこむ。
「このまま寝てたら、寝過ごす――きゃっ!」
ぐいと腕を引っ張られたと思ったら、私はユーリウスの上に倒れ込んでいた。
片手を握られ、背中にもユーリウスの手が当てられているのが感じられる。視界は胸のあたりの白シャツしか入ってこない。私の顔がそこに密着しているから。
「ちょっとっ!」
驚いて抵抗しようにも、がっちりホールドされてるので、全然効になっていない。
「起きてたのね!?」
「はー。癒やされる」
こっちの抗議を無視して、頭上からユーリウスがため息を吐くのがわかった。
そのまま、しばらくなんの反応もない。
私はその間、ずっとユーリウスの腕の中にいることになる。
薄いシャツ越しに伝わってくる体温。ユーリウスの胸に置かれた指先から、ユーリウスの肌の感触が伝わってくる。頬から伝わってくる自分より幾分高い体温にドキドキし始めていると――
「きゃっ!?」
――ドサッ。
今度は自分が地面に押し倒される格好になっていた。
急に視界がぐるりとまわり、背中に圧がかかったと思ったら、ユーリウスが力技で私を地面に横たわらせたのだ。
ユーリウスが私の両手に指を絡ませる。地面に縫い留められる格好になった私に、ユーリウスが顔を近づかせてくる。
影になったせいで、いつより濃い赤色の瞳が私を捕える。
急なことに加え、今の状況に思考が追いつかない私は、体が固まってしまう。そのまま――
「んっ」
唇を奪われた。ユーリウスが何度も角度を変えて、私の唇を味わう。抵抗したくても、手の自由がきかない上、のしかかられてるせいで、それもできない。
「んー! ――ふッ!」
ようやく唇が離れて、息継ぎできるようになったと思ったら、ユーリウスが今度は顔をずらして、私の襟元にあるリボンに目をやる。
「このまま奪ってもいい?」
私のリボンの片端を咥えると、色気を含んだ眼差しで見下ろしてきた。
「…………」
完全に固まってしまった私が答えないのをいいことにそのまま口でぐいと引っ張ろうとしたところで、私はようやく正気を取り戻した。
「だめー!!」
私はユーリウスを突き飛ばした。
「奪ってもいい?」って何を!? よくわからないけど、間違ってもこの先は全年齢対象の『きらレイ』には含まれない内容な気がする。
私は突き飛ばした勢いで、ばっと身を起こす。
はあはあと息をしながら首元を押さえて、ユーリウスを睨みつける。
そんな私を見て、地面にお尻をつけたユーリウスがははっと歯を見せて笑った。
「半分、冗談だったのに。本気でするわけないだろ、こんなとこで」
半分冗談だったってことは、半分本気だったってこと!? っていうか場所がここじゃなかったら続けてたってこと!? 全く危ない男ね。
私が睨みつけていたら、闘技場のほうから声が響いてきた。
『次の出場者は一年イリアス・ペリトサーク対二年ゼスラ***・キル**。一年ユーリウス・フェレール対三年――』
「やばい。行かなきゃ」
ユーリウスが地面に放り出されていた上着と剣を掴んだ。私の頬に不意打ちで「ちゅっ」とキスしてから、立ち上がる。
「なっ!?」
私は頬を押さえる。
「これで次の試合も勝てるよ!」
走り出したユーリウスが、剣を上に掲げた格好で振り向きざま嬉しそうに笑った。
まるで少年みたいな笑顔。私は頬を押さえたまま思わずぽかんと見送る。
もう片方に持った上着をはためかせながら、ユーリウスの背中がだんだん小さくなって建物の中に消えた。
「ふっ」
毒気を抜かれた私はユーリウスからされたことも忘れて、呆れたような笑みが口から漏れる。
そのまましばらく座っていたら、スカートのポケットから「ピィー」という、か細く鋭い音が聞こえてきた。
ユーリウスはずっと一途だったので、大目に見てください(汗)




