84、剣術大会①
ここからが終章です。
今日は待ちに待った剣術大会日。
空は青々として澄みきって目に眩しいほどだ。朝から気温も上昇。そこに更に生徒の熱気も加わっているから尚更だ。熱く血が滾る剣術大会に相応しい絶好の日和だ。
剣術大会は二日間にわたって開催される。一日目の今日は初戦から三回戦、敗者復活戦が行われ、明日は勝ち残った強い者同士が戦い、決勝まで行われる。生徒の保護者も観戦するから、注目の一大行事だ。
生徒たちは登校した瞬間から朝からきゃっきゃっわいわい。男子たちは朝から闘志を燃やし雄叫びをあげていたり、女子は女子で好きな男子に必勝祈願であるお守りをあげるために校舎内を駆けずり回っている。
そういえばゲーム内でもあったわね。ゲームの中では剣術大会が近づく時期にしか売っていない必勝祈願お守りがあって、それを剣術大会初日に攻略対象者の中からひとり選んであげることができるのだ。もちろん好感度が影響してくるから、プレイヤーのほとんどが攻略中の男子にあげていた。
そうすると、騎士服姿の攻略対象者が現れて受け取ってくれるのだ。
『騎士服姿』。そうここが重要だ。画面に現れたその姿に思わず鼻を押さえて呻き声を発した乙女たちのが続出したとか。
正確には騎士じゃないから、本当は騎士服じゃないんだけど、ファンの間では騎士服の呼び名で通ってたから、騎士服でいいよね?
この騎士服姿がめっちゃ格好いいんだよね。詰め襟のデザインの、色は濃い緑を基調としていて、所々の優美でいてかつ凛々しい装飾の金色が混じった、それはそれは麗しい姿だった。攻略対象者の類稀なる美貌が合わさって、直視できない格好良さだった。
制服ではブレザー、騎士服では学ラン姿を楽しめるという、一粒で二度楽しめるようになっていて、お得感満載だった。制作会社様、本当いい仕事するよね。
あれこれと思い出していたら、教室の中はいつの間にか、クラスメートがほとんどいなくなっていた。
いけない。私も移動しなくちゃ。剣術大会はこの学園の敷地内にある円形闘技場で開催される。
歩いて十分というちょっと距離がある場所だ。
裏庭を通り過ぎて向かおうとしていたら――。
「カレン」
呼び止められ、振り返る。
「ユーリウス?!」
なに、めっちゃ格好いいんですけど!?
日差しを受けて、赤く輝く髪と、騎士服の優美さが合わさり、あまりの美しさと格好良さにユーリウス以外の景色は靄がかかっているように見える。
「ま、まだいたのね。ど、どうしたの?」
動揺を隠して、なんとか言葉を絞り出す。
ユーリウスが私の眼の前まで来て、ルビーのような赤い目でみおろしてくる。
当然、その端正な顔立ちを間近で見つめることになり――
この格好良さの前で、平常心を保つなんて無理!!
「な、な、ななに?」
「どこか、旅行に行きたい場所ってある?」
「へ?」
「ほら、明々後日から夏休みじゃん。時間もあるしせっかくだから、旅行しよ。カレンを四六時中、独占できるしさ。――っていうか、これからずっと俺のものになるのは変わらないんだけど」
後半は独り言みたいに呟く。
「な、なんで旅行?」
全身ハテナマークのまま尋ねる。
確かに二日間剣術大会が行われたあとは終業式で、明々後日からは夏休みだけど……。
「なんでって、そりゃ――」
「勝敗はまだ決まっていないぞ」
そのとき、がさりと茂みの奥からイリアスが現れた。
「イリアス!?」
うわ。イリアスもめっちゃ格好良いんですけど!? ユーリウスが甘美の毒がある格好良さとしたら、こっちはキラキラ王子様ね。
濡れたように輝く黒髪に、サファイアを嵌め込んだかのような青い瞳。ユーリウスは靄がかかっていたのに対し、こっちはキラキラ光るエフェクトがイリアスの周りだけ、舞っている。
イリアスが真っ直ぐユーリウスを見つめる。
「もう自分が勝ったつもりか?」
「俺が勝つんだから、当然だろ」
「今からそんな自信満々だと、負けたとき惨めだぞ」
「あんたこそ、いつまでその冷静な顔でいられるかな」
「明日になったら、全てわかることだ。まあ、既に決まっていることだが、明日まで期待させといてやる」
「俺も明日はあんたのための見舞いの花を用意しといてやるよ」
睨み合う両者。バチバチバチ。火花もとうとう可視化したみたい。私は両者から出る火花を見上げた。
イリアスが先に目をそらし、ため息を吐いた。
「ここでごちゃごちゃ言っててもしょうがない」
「だな。勝負は口じゃなくて、腕でするもんだ」
「勝負は明日」
「ああ」
「正々堂々と」
「敗者はあとを濁さず、潔くきっぱり諦めること。ルールはそれだけ」
「明日、楽しみだ」
「ああ。全力で行くぜ」
なに、この連帯感みたいな空気!? さっきまでお互いめちゃくちゃ火花散らしてたのに、今はふたりとも笑ってるわ! なに、もしかして友情が芽生えたの!?
これ程熱くなって試合に対して語り合うなんて、やっぱり剣術大会って男子にとっては重要で欠かせないものなのね。体と体のぶつかり合いで、女子にはわからない意思疎通ができるんだわ。
今日の敵は明日の友って言うから、明日にはこのふたり、親友になってるんじゃないかしら。
「じゃあ、俺は一足先に会場に向かうけど、逃げずに来いよな」
「吐かせ」
「それじゃ、カレン、どこ行きたいか考えといて」
ユーリウスがウインクを飛ばして、去っていく。
あとに残された私たちは――。
「…………」
「…………」
イリアスは黙って立ち尽くしているけど、その背からなんだか冷たいオーラが仄かに漂っている気がする。
お、怒ってる? な、なんで。私、イリアスから告白されて、悪女脱したはずよね。
汗をたらりと流したところで、イリアスが静かに口を開いた。
「おい」
「は、はい!」
「あの男に付いていくなって言ったよな」
へ? 記憶を探った私は、入学初日の言葉を思い出す。ああ、そういえば、ユーリウスに付いていくなって言われた気がする。
でも、今回は付いていったわけじゃなくて、たまたまここで会っただけ――。
そう言おうとイリアスを振り仰いだ私は固まってしまった。
「――ッ!?」
イリアスが怖い顔をして、私に迫ってきていたからだ。
「な、なに、」
私は尻込みして、後ろに下がってしまう。
でも、逃げることは叶わなかった。
トンっと、背中に壁がぶつかったからだ。
あとにさがれなくなってしまった私にイリアスが近づいてくる。
「言ったよな。もし付いていったら、お仕置きだって」
私は追い込まれた兎のようにぷるぷると震えだした。
な、なに、やっぱりあの告白は嘘だったのね。
私が油断したところを仕留める罠だったのね!?
それに気づかず、まんまとハマるなんて、末代までの恥。卑怯者め!!
イリアスの影が顔にかかったところで、私は恐怖で目をぎゅっと瞑った。
――叩かれるっ!
そう思ったところで、チュッと、軽い音が自分のおでこから発せられた。それと一緒に押し付けられた軽い感触も離れていく。
「ほえっ?」
私は目を開けて、おでこを押さえた。
眼の前には顔を赤くしたイリアスの表情が。
「お仕置きだ」
ちょっと睨みつけるように言う。でも頬が赤いから、怒っているというより、照れてる?
今のはキス?
私はイリアスの表情を見て、確信する。
でも、自分でやっといて、照れないでくれます!?
こっちまで恥ずかしくなってくるんですけど!?
私の顔も釣られて、赤くなる。
イリアスがすっと体を離した。顔を赤くさせたまま、横を向く。
「お前のために頑張るんだからな。目にしっかり焼き付けとけよ」
私のおでこをこつんと指で押してから、去っていく。照れ隠しなのか、最後までこっちを見なかったけど、その顔が赤いのは誤魔化しようがなかった。
「……あ、甘いわ……」
まだ恥ずかしさで頭が追いつかないまま、ぼうっとして呟く。
少しの間その場に突っ立っていた私はようやく立ち直ると、闘技場へ行こうと歩き出した。
そのとき――。
「いたいた、カレン!」
オレンジ色の頭が飛び込んできた。




