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81、夏祭り③

バルタザールと警備隊が走っていった通りを進んでいると、橋が見えてきた。

その橋の上、幾人もの人影が見える。暗くてよく見えなかったけど、一人を大勢で囲んでいる。

バルタザールと警備隊だわ。両者は剣を抜いて、対峙している。

バルタザールの握った剣がひらりと舞った。まるで、見えない羽をつけているかのような身のこなし。

白刃が月明かりをうけて何度も輝く。そのたびに剣戟が闇夜に鳴り響いた。

警備隊が本気で打ちかかっているのに対し、バルタザールの攻撃は急所を避けている。

殺すつもりはないんだわ。退路を開くために、ただ剣を振るってるだけ。

でも何重にも囲まれた警備隊の輪はそう簡単に抜けそうにない。

手加減してる上に、大人数が相手。あれじゃあ、複数人まとめて正面でかかられた時、背後からやられるはずよね。

そう近くの建物の影から見守っているとき、「火事だ〜!!」という声が聞こえてきた。

アンナ、タイミングばっちりよ。

その声で、警備隊の動きが一瞬鈍る。


――ガキンッ!


勢いをつけたバルタザールの剣が下から突き上げられる。警備隊の手から剣が外れ、放り出されたそれが銀色の光を放ちながらくるくると宙を舞った。

武器を失った男の腕をくぐり抜け、バルタザールが次の相手と対峙する。一瞬声に気を取られた警備隊だったけど、すぐに態勢を立て直す。でも、外側にいる何人かは声のしたほうに行こうかどうか迷っているみたいだった。

けれどバルタザールが警備隊の輪から抜け出すにはまだ難しそうだった。

むむ、まだ駄目みたいね。それじゃあ――。

私はすうっと息を吸うと、


「火事よぉー!!」


思いっきり叫んだ。これで駄目だったら、もう直接行って、割り込むしかないわ。

でも、私の危惧は空振りした。

再び聞こえた声、しかも今度は近くからの叫びに警備隊が今度こそ反応した。続けて起こった叫びに異変を感じ取り、街を守らなければならない使命を負った彼らの心の中に隙が生まれた。そのチャンスをバルタザールは見逃さなかった。攻撃の手が緩んだ一瞬の隙に、橋の欄干に飛び乗った。持ち前の身体能力を活かし、細い欄干の上を走り出す。丸みを帯びた不安定な足場をものともしないバランス感覚。人の姿をとった黒い狼が、宙を疾駆しているようだった。

街のほうに目を向けていたせいで、警備隊は攻撃が遅れ、彼らはバルタザールが通り過ぎていく姿をむざむざ見送ることになった。


「追え!! 半分はあいつを! 残りは火事を確かめ、危険があれば、人々を誘導しろ!」


「「はい!!」」


警備隊が二手に分かれて、散らばっていく。

影に隠れていた私も慌てて、建物を回ってバルタザールが走り去った方角を目指した。

バタバタと走り回る警備隊の足音。その向かった方角を先回りして、私は走る。

果たして、路地裏を走っていたら陰からバルタザールが現れた。

突然眼の前に現れた私の登場にバルタザールの驚く気配がする。それに構わず、私はバルタザールの腕をとった。


「こっち」


途中見つけた路地裏の影に引っ張りこむ。ひとがふたり並んでやっと通れるような狭い路地。お店の裏側なのか、裏口近くに木箱が何箱も積み重なられておいてあった。その後ろにバルタザールを急いで隠す。

再び路地裏の出口に取って返した所で、警備隊がバタバタとやってきた。


「こっちに黒ずくめの男が来なかったか!?」


「いーえ? 見てませんけど」


我ながら渾身の演技で、なんでもないように装う。


「どっちに行ったんだっ!?」


苛立だしげに吐き捨て、警備隊たちが走り去っていく。

足音が遠ざかると沈黙が落ちた。


「…………」


私が振り返ると、ちょうどバルタザールが物陰から出てきた所だった。伺うような眼差しを私に送ってくる。


「……あんた……」


「騒ぎが落ち着くまで、ここにいたほうが良いわ」


私は木箱の裏側まで来ると、ひとり分の距離を開けて、壁に寄りかかった。


「…………」


バルタザールはもの問いたげな視線を向けてきたけど、結局口を開かず、私の隣で壁に寄っかかった。


「…………」


「…………」


無言でふたり、暗闇を見つめて黙り込む。

色々訊きたいことがお互いあるだろうけれど、バルタザールのほうは下手に口を開いたら、今の状況に至った説明をしなくちゃいけないし、そうなったら必然自身の裏の顔も話さなくちゃいけなくなってしまう。

私のほうは問いただしたところで、バルタザールが口を開けないことはゲームで知っているから無駄なことはしない。

なので、そのまま静かな時間がふたりの間を流れる。

なんだかあの時みたい。私はふと思う。

孤児院の入口で馬車を待っていたあの日。あのときは私のために、バルタザールが時間を裂いてくれたけど、今はその逆で。

あのときは沈黙が気詰まりで仕方なかったのに。不思議ね。今はその沈黙が落ち着くなんて。

そのままずっとその心地よい時間に身を任せたくなったけど、騒ぎが遠のいているのに気づいて、気を持ち直して壁から身を離す。


「もう、大丈夫そうね。ここからは独りで大丈夫よね。――私ももう行くわ」 


木箱の影から出て、路地裏から出ようとしたところで、バルタザールの静かな口調に呼び止められる。


「あの火事だって言う声も、あんただったのか?」


私は振り返る。


「そうよ。警備隊を騙したのは悪かったけど、あなたを救うためだったもの。――あなたもやるだったら、これからはもっと上手にやりなさいよね」


私の最後の言葉にバルタザールが目を丸くする。その目もと――半分以上顔が隠れているせいで、いつもより色が鮮やかに見えた。黒ずくめといい、俊敏さといい、無口なところといい、本当に黒狼がひとになったみたいね。私はくすりと笑う。


「じゃあね!」


私は身を翻すと、アンナが待っているであろう賑やかな灯籠に照らされた大通りに向かって走っていった。







ちなみにゲームの世界のバルタザールはここで背中をきられ、橋から飛び降り川に飛び込んで逃げ延びています。



バルタザール編長い!!>.<

当初は3話か4話で終わらすつもりだったんですが=_=

その倍に増えてしまいました…。頭では簡単に思い描けるため、3、4話で終わらせられるとてっきり思ってましたが、実際文字にすると全然だめなんだなとわかりました。長くなるとわかってからは、もうやけくそ気味に書いてます。

ということで、最終話までちょっと伸びました(汗)。最後の章も実際書いてるうちに伸びなきゃいいなと心から願うばかりです。



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