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7、決意

あれから一ヶ月。

私は七度目のお茶会のために、ペルトサーク家に向かって、馬車のなかで揺られていた。

私はある一つの決意を固めていた。

それはイリアスとお友達になろう作戦である。

実はこのゲーム、攻略対象者ひとりにつき、ライバル令嬢がひとりいるのだ。もちろん例外はあって、ない人もいる。ライバル令嬢たちは婚約者だったり、幼なじみだったり、義理の家族だったりする。で、このライバルたち、攻略対象者たちと仲良くなっていくうちに、ヒロインの目の前に立ちはだかるのだが、その裏にいるのがカレン・ドロノアなのだ。ライバル令嬢たちをそそのかして、ヒロインを部屋に閉じ込めさせたり、ドレスを破らせたり、階段から突き落とさせたり、はては毒を盛ろうとしたり。

無垢な令嬢たちを操り唆した罪で、カレン・ドロノアはどのルートでも斬り殺されてしまうのである。おまけにドロノア家は身分剥奪の上、屋敷を奪われ平民落ち。それに対し、他のライバル令嬢たちは悪女の毒牙にかかって一時的に正常な判断を奪われたというだけで、攻略対象者からの婚約解消や絶縁、または領地での幽閉といった生ぬるい処罰だけで済むのだ。

この差、ひどくない!?

だから、私は決めた。私も他の令嬢たちのように虫も殺せないような雰囲気で人畜無害に振る舞い、イリアスと良好な関係を築くと。

バッドエンドでは攻略対象者たちはライバル令嬢たちとくっつくルートもあるのに、カレンだけはバッドエンドでも牢獄行きなんだよね。その理由は悪魔と取引していたというわけのわからない理由である。悪魔に魂を売り払い、交換条件にイリアスを手に入れる取引をしていたと、告発される。結末を知ったときには「ふーん、そうなんだ。だからあんなに邪悪なのね」と深く考えず納得していたけど、そのカレン本人に憑依してしまった今となっては、ふざけるなと言いたい。だって、この世界に来てから調べたけど、悪魔なんてものはこの世界には存在しない。向こうの世界と同じようにこの世界の人々の間では、悪魔は空想の世界の生き物だと認知されている。それなのに、どうしてそんなものが急に出てきてしまったわけ? おそらくカレンをより貶めるために、制作会社が勝手に紐付けしたことなんだろう。ちなみにグッドエンドでカレンが斬り殺される理由に悪魔を消滅させる意味も入っている。悪魔を二度と蘇えらせないためである。悪役をより悪役に仕立て上げ、プレイヤーに罪悪感を感じさせないどころか、爽快感さえ与える結末だった。正義の役割を果たした攻略対象者と、その攻略対象者から守られたヒロイン。カレンを倒したことによって、闇は取り払われ、ふたりの行くこの先がまるで光に満ちあふれているかのような演出だった。それを喜んで見つめていた自分が今は憎い。

そして、イリアス以外の攻略対象者のバッドエンドでは、カレンは牢獄行きだけど、イリアスの場合はグッドでもバッドでも両方斬り殺される。

これまでしてきた行いもあるんだろうけど、いかにイリアスから嫌われていたかの証拠である。

ゲームで出てきたライバル令嬢たちは皆、いかにも貴族令嬢然といった感じで、儚げだったり、優しそうだったり、大人しそうだったり、明るい雰囲気だったのに、カレンだけは何故か後ろに黒々しいオーラを背負って性格悪そうな(実際悪いんだけど)悪女の顔でけばけばしかった。

なので、私も他の令嬢たちのように振る舞えば、良くて婚約破棄、悪くて王都からの追放で済むんじゃないかなと思うんだ。

というわけで、私はイリアスと仲良くなることに決めた。

勿論、ゲームの通りに悪事に手を染めるつもりは全然ないけど、ゲームの補正がおこってヒロインになにか起きたり、何かの拍子に冤罪を着せられたりすることもあるかもしれない。その時は他の令嬢たちと一緒に右倣えしとけば、情状酌量で穏便に終わるはず。

婚約もそのための保険に使おうと決めた。

普通は婚約破棄すれば良いと思うところだけど、婚約者という建前があれば、イリアスに疑われずに近づけてなおかつ仲良くできる。他のライバル令嬢が婚約者や幼なじみや義理の家族なら、きっと攻略対象者とは仲が良かったはず。でなければ、バッドエンドで結婚するルートなんてあるわけない。多少なりとも憎からず思っていたから、グッドエンドでも、庇われてあんな処置になったのかもしれない。だとしたら、イリアスと仲良くなっておくのも悪くないんじゃないかなという結論に達した。

今婚約破棄して、最後に冤罪を着せられたときに、誰も味方はいない孤立無援は避けたい。

それにカレンの我がままによって、婚約はお父様は苦労してやっとしてこぎつけてくれたもの。それをまた私の我がままで破棄するのも忍びないし、家名に泥を塗るかもしれない。

そんなふうに思考を巡らせているうちに、馬車がペルトサーク家に着いた。


カレンの記憶の中では知っていたけど、実際目にするとすごい。

門扉から家の間までの距離がドロノア家の何倍もある。そこまでの敷地も綺麗に整えられ、青々とした芝生に、両脇に埋められた等間隔の形の良い木。間に綺麗に咲きほころぶ花たち。どれも計算され尽くした配置にため息が出るほかない。

錆一つ見当たらない白い柵が両脇に開かれ、馬車が入っていく。

流石、二大公爵家の一つペルトサーク家。馬車の窓から眺めながらも、家の全貌がまるで見渡せない。一体どこまで続くのか、家の端から端は途中の木々が邪魔して見えなかったが、それでも見えてる範囲だけで大分ある。壁や装飾、円柱が全体的に白で統一されており、背景の青い空と周りを囲む青々しい芝部や木々の若葉によって、まるで白く輝いてみえる。威圧感よりも雄大さを感じさせる邸宅である。

美しい外観に感動しながら、私は玄関扉の前に立った。どきどきしながら待っていると、扉が開かれ、イリアスがやってきた。私を見たイリアスの目が見開かれる。

私の足先から頭まで凝視しているのがわかる。私は印象最悪であろう相手に少しでも親しみを覚えてもらおうと、引きつりそうになりながらも、無理やり微笑みを浮かべる。


「ご機嫌よう、イリアス様」


私は装飾が素朴なワンピースの両脇を掴むと、腰を折る。

そう、素朴なワンピース。今までまるで舞踏会に行くかのような綺羅びやかな装飾過多なドレスしか着てこなかったカレンが、平凡なワンピースを着ているのだ。驚くなと言うほうが無理だろう。

平凡といっても地味ではない。ふんわりとした上質な花柄の生地に、肩と腰の両脇にリボンの装飾。可愛らしいデザインのものだ。高位貴族の令嬢がするには軽装かもしれないが、なんと言ってもまだ十二歳。これくらいは充分許されるだろう。加えて私は現代人。Tシャツにパンツが普段のスタイルである。けれどおしゃれがしたくなかったわけではない。ただ経済的事情により、選択できる幅がなかっただけ。許されるなら一度は着てみたかったお嬢様風スタイルを満喫したくて、今のこの花柄ワンピースなのである。ドレスは行き過ぎだけど、この程度なら現代人感覚では充分許容範囲。選択はほかになかった。

貴族どころか、いいとこの家のお嬢様のような格好で、私は首を傾げる。


「あの、イリアス様?」


だんまりを続けるイリアスが、私の視線に気付き、はっとする。


「今日はいつもより感じが違うんだな」


「気付きました!? そうなんです。素顔で会うのは初めてですよね」


私がきらきらした目で勢いよく詰め寄ると、イリアスが半分仰け反った。

仲良くなるまではほぼ関心ゼロの上、口数が少ないイリアスである。記憶上、お互い自己紹介してから、初めて別れの挨拶以上に長めの文を返してくれた。

その上、イリアスからの投げかけである。初めて会話のキャッチボールができるかも!?


「今まではつい大人ぶりたくて、わざと着飾ったり化粧なんかしてましたけど、このままじゃいつまで経っても、あなたとの距離が縮まらないと気づいたんです。実際、会っても全然お話が弾みませんよね。だから、恥ずかしいけど、これが私の本当の姿だって知ってほしくて……」


恥ずかしそうに目を伏せる。内心では馬車の中で必死に考えた言い訳を噛まずに言えた自分を褒め称える。突然人が変わってしまったら、イリアスと言えどおかしく思うだろう。何せ魂ごと入れ替わってしまっているのだ。無理して取り繕うよりもいきなり変貌して、それらしい理由をあげてしまったほうが後々生きやすいし、それに悪女カレンのままでは駄目なのだ。

返事を待っていると、軽く咳払いがした。


「その格好、似合ってる」


はっとして見上げると、目線を反らしているイリアスが目に入った。

この表情、幾度となく見たことがある。

まだ好感度低めの時のイリアスである。

それでも返事を返してくれたのが嬉しくて、私は笑顔になった。


「はい! ありがとうございます!」


「中に入るか」


屋敷の中に入ろうと踵を返すイリアスに、私は笑顔で呼び止める。


「いえ、今日はお出かけしませんか?」


好感度をあげるべく、明るく声をかける。低リアクションのイリアスが相手だと、ちょっと疲れるけど、これも自分の将来のためである。


「お出かけ?」


渋るように眉を寄せる。


「はい。今までずっと家でしたから、たまには外で遊びましょう!」


十二歳の子供が隠居暮らしのお年寄りじゃあるまいし、部屋の中でずっと茶をすすってるなんて、退屈よ。それに好感度低めのイリアスとずっと同じ部屋にいるなんて、息がつまる。

話しかけても、「ああ」とか「そう」とかしか言わないんだから。だったらまだ、外にいて何かしてたほうが楽。自然に会話も浮かびそうだし。それが一方的だとしても、部屋のなかで無理やり会話を見つけるよりはよっぽどマシなはず。


「私、行きたいところがあるんです。ね、行きましょう!」


私が笑顔でしつこく迫ると、イリアスが幾分嫌そうにため息を吐いた。


「わかった。支度するから、馬車で待ってろ」


「はい!」


私が馬車で待っていると、あまり待つことなくイリアスが乗り込んできた。

機嫌が悪そうなイリアスを向かいに、私は今から行くところが楽しみで馬車の窓から顔を出す。

まるで正反対の私たちを乗せて、馬車がガタゴトと音を立てて、走っていく。

風が頬を撫で、春の気配が鼻腔をくすぐっていった。



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