表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/104

78、傷痕

ひとしきり楽しんだあと、帰る時間がやってきた。

遊んでいる間、バルタザールはその冷たい眼差しに反し、子供たちにはけっこう気さくで、意外な一面を知ることができた。

ゲームではバルタザールを攻略中、孤児院なんてものは出てこなかったけど、もしかしてヒロインと会っているときも、度々こうして訪れていたのかしら。


「バルタ兄ちゃん! 絶対また来てくれよ!」


「お兄ちゃん、またねー」


子供たちが別れ際、思い切り手を降ってくる。


「ああ」


軽く手を振り返すバルタザール。


「ふふ。すっかり子供たちを虜にしたわね。見かけによらず、けっこう真面目に相手してるから驚いたわ」


孤児院の建物を出て、門まで歩いたところで、私はバルタザールに話しかける。

私が笑うのを、バルタザールが見下ろしてくる。その目には最初出会った頃の険はない。


「俺も貴族のお嬢様が楽しそうにはしゃぎ回る姿は初めてだ」


「貴族も人間なんだからはしゃぎ回るくらいするわよ」


嘘。本当は貴族の令嬢はこんなことしないけど、平民のバルタザールにはわからないと思って、つい強きにでてしまう。


「そうか。なら、俺が今まで見てきた貴族がたまたまそれに当てはまらなかっただけか」


「そうよ」


門の下で話していた私たちだったけど、バルタザールが通りに目を向ける。


「迎えは?」


私は馬車がくるはずの方角に首を伸ばす。


「もう時間は過ぎてるはずなのに、おかしいわね。ちょっと遅れているみたい。待ってれば来ると思うわ」


あなたは先に帰ってとニュアンスを込めたつもりだったのに、バルタザールは立ち去らなかった。


「どうしたの?」


横に居座る彼を見上げる。


「迎えが来るまでここにいてやるよ。貴族のお嬢様がこんなとこでぼうっと突っ立ってたら、また変なものに絡まれそうだからな」


そのニコリともしないつっけんどんな言い方。

でも、その行動と言葉の裏を見れば、こちらを気遣う思いやりに満ちている。

初めて会ったときもそうだった。つっけんどんで態度は冷たいのに、ゴロツキに絡まれていた私を助けてくれた。

――本当は心の優しいひと。


「ありがとう」


私は彼を見上げて、微笑んだ。

彼は特に返事を返すこともなく、腕を組むと、門の柱に寄っかかった。

真っ直ぐ立ったまま、優雅な獣の横に佇んでいる雰囲気を味わうこと、数十分間――。


「……………」


「……………」


――まだ馬車は来ない。

特に会話もしないままじっとしていることにも疲れ、痺れを切らした私は嘆息した。


「遅いわねー」


バルタザールが寄っかっていた柱から身を離した。


「行くぞ」


「え?」


「ここで待ってるより、歩いていったほうが早い。事故を起こしているようなら、来ないかもしれないだろ。来いよ、送ってく」 


確かに。いつもは必ず時間通りに来るトマス。何かあったのかもしれない。このまま来るかどうかわからない馬車を待ってるより、賢い選択だ。途中で会えるかもしれないし。


「あ、ありがとう」


私は彼の横に並んで歩き出す。


「――ごめんなさい。余計な手間をかけさせちゃって」


申し訳無さから肩を窄めて言う。断っても彼のことだから、がんと聞かないだろうけど、それでもやっぱり申し訳なさは感じる。


「気にするな。俺が好きでやってることだ」


やってることと今の台詞から、好意を持ってるんじゃないかと勘違いしそうだけど、彼の場合は違う。本当に純真な正義感からだ。それを証拠に、彼は真っ直ぐ前を向いたまま、こちらに視線も向けない。

これが誰であっても、女性なら必ず送っていくのだろう。

本当にゲーム通りのひとね。

弱きを助け、強きをくじくひと。

そう思って、彼を見つめていると――


――ポツッ。


「あっ」


水滴が顔に落ちた。


「雨だわ」


そう言って手を広げ確かめているうちに、瞬く間にザァーッと雨が降ってきた。

傘もなく、適当に休める場所も見当たらないため、頭に手をやってたじろいでいると、頭にふわっと何かがかけられた。


「走れ」


「え!?」


状況が掴めないまま、肩をがしっと掴まれたと思ったら、バルタザールが私を連れて走り出す。


「!?!?」


視界が布で覆われ狭い上、――どうやら頭にかけたのは何かの布らしい――がっしり肩を掴む力強さと、その反対側から感じる鋼のような硬さと熱さが私の体に密着して、何が何やらわからぬまま混乱する。おまけに結構な速さ。遅れを取らないようにするため、走るのが精一杯で私の判断力は失われた。

バルタザールの足がようやく立ち止まる。雨の叩く音が頭上から聞こえる。同時に体に降りしきる雨がやんだ。どうやら雨宿りする場所を見つけたらしい。

私はほっと息を吐いた。でも、それも束の間。


「!?!?!?」


顔をあげた私の目に、裸の胸板が飛び込んできたからだ。バルタザールはまだ私の肩を掴んでいるため、必然私は彼の胸板に身を寄せていて――。両手も彼の胸に置かれてしまっている。


「――っ!!」


急いで離れようとしたけど、肩に置かれた手は緩まない。


「動くな。濡れる」


どうやら軒下場所は狭いようで、彼の言葉通り少し動いただけで、肩に雨がかかる気配がした。

それにしたって――この状況!!

頭に被せられた布はどうやら彼の服だったらしい。夏場だから一枚しか着ていなかったのだ!

焦りと混乱と恥ずかしさのあまり、図らずも彼の胸に置いてしまった両手から汗が噴き出しそうになる。

頭を覆われているため、視界が狭いのもまた目のやり場がなくて羞恥心に一役買っている。

彼の胸板しか見えないんですけど!! 

見ようとしてるわけじゃないのに、無理矢理にでも視界に入ってきてしまう。

オリーブ色の肌色がまずエキゾチックだ。それから無駄がひとつもない引き締まった体つきも美しい。肌もキメが細かく象牙のようで、実際触れている指先から伝わるのは心地よい滑らかさだ。それでいて、鋼のように固い。そして最後はその体の熱さ。

男のひとの体って、こんなに体温高いのね。

びっくりしたわ。でも、包まれているとなんだか心地よい。ずっとひっついていたい気分がしてくるわ。イヤだ、何思ってるの、私。


「あがったな」


その時、頭上からぽつりと声がした。


「え?」


顔をあげると、バルタザールの顔がすぐ上にあった。バルタザールの言葉通り、雨は上がったようでもう日が差している。その日が私たちのいるところまで差してきて――。

水滴を垂らしたバルタザールの髪にあたり、普段より一層きらきらと輝いて見えた。その美しさを間近で直視することになってしまった私は、もうそれしか目に入らなくなってしまった。

既視感に襲われ、ある場面が蘇る。あの時もこうした暑い夏の日で。暑さに耐えきれなくなったバルタザールが噴水広場の噴水で頭を冷やすのだ。その時脱いだ服で、頭を乾かすシーン。きらきらと濡れた水滴とともに銀髪が光り輝いて、見惚れるくらい美しかった。そして、もちろん逞しい体も目の保養だった。

攻略対象者の中で唯一裸スチルがあるのが、バルタザールだった。他の攻略対象者はみんな貴族だから、軽率に肌を顕にしたりするようなことはしないのだ。平民のバルタザールだからこそ、実現する夢のスチルだった。そのスチルを見て、一部の女子が小躍りしたとか、しないとか。

でもスチルで見るのと、実際生で見るのとじゃ違うわね。目が潰れそうだわ。

そんなことを思っていたら、バルタザールが私の肩からすっと手を離した。

急になくなった重みと熱さにはっとして、現実を取り戻す。急いで身を離したけれど、目のやり場に困って、明後日の方向を見やる。


「ど、ど、どうやら夕立だったみたいね。ほら、もうあんなに青空が――」


しどろもどろになりながら、空を指差す。

その時――。


「カレン様ぁー!」

 

道の向こうから叫び声をあげて、馬車がやってくる。


「トマス!?」


馭者台に乗っている人影を認めて、私は目を丸くする。

眼の前の道の脇に馬車を止めると、トマスが馭者台から勢いよく飛び降りた。私も駆け寄った。


「すみません、カレン様!! 屋敷を出るところで車輪が外れちまって! 直すのに時間を食ってたら、こんな遅くなっちまった! 申し訳ねえです!」


「事故じゃなかったなら、良かったわ。そんなに慌てなくても良かったのに」


慌てふためくトマスをなだめる。


「迎えが来て良かったな」


いつの間に後ろに来ていたバルタザールが言葉を発する。


「じゃあな」


こっちが言葉を発する前に、くるりと背を向けて去っていってしまう。

相変わらず、素っ気ない態度。一見無礼な態度だけど、見返りもお礼も要求しないのが潔くてかえって、清々しいと思えるようになってしまった。そんな自分の変化にくすりと笑う。

本当は優しくて、心があったかいひとだもんね。


「ありがとう!!」


私は去っていく背中に呼びかける。

濡れた服を肩にかけたバルタザールが後ろ向きのまま片腕を軽く振って答える。

その広い背中を見て見送っていたら――、何かが私の心に引っかかった。

小さな棘が刺さったような違和感。それほど気にしなかったら、すぐ忘れてしまいそうな些細なもので、首を捻ったもののすぐに霞のように消えてしまった。

けれど、家に帰って、ほっと一息ついてるとき、その棘の正体が突如頭に降ってきた。


「あー!! 背中の傷痕!! なかったわ!!」


私はのんびり寛いでいた自分の部屋の中で叫び声をあげたのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ