73、呼び出し②
翌日の昼休み、私はどういうわけか、屋上に呼び出された。
呼び出した相手はミレイアとその取り巻きたち。
昨日は閉じ込められて、今日は呼び出しなんて剣呑ね。昨日の文句、今言ってやろうかしら。
きっと睨みつけると、取り巻きたちが顔をさっと顔を伏せた。
ん? どうしたの? 悪女の睨み、そんなに怖かった? そんなに怖がるなら、最初っから呼び出さなきゃいいのよ。
一人対大勢って卑怯じゃない。
まるで、ヒロインの立ち位置みたい。私はこの世界では悪女設定よ。なんだが間違ってない?
間違いといえば、攻略対象者もヒロインを好きになるはずが私を好きになってるのよね。
エーリックといい、ユーリウスといい、レコといい、フェリクスといい、みんなどうしちゃったのかしら。
悪女を好きになるのもおかしいのに、その上『きらレイ』にはハーレムルートなんてものはなかったはず。ゲームのシステムではひとりしか攻略できないようになっていた。
初めの一年間、三角関係を少し楽しめるようになっていたけど、あとの一年間はひとりに焦点を絞って本気で落としにかからないと、落ちてはくれなかった。もちろんそのまま付き合いを続ければ、マックス状態の『大好き』の一歩手前、ふたりを『好き』状態にさせることはできたけど、大きなイベントはおこらないうえ、ゲームの最終日、つまり本来なら告白しに来てくれる卒業式の日にふたりとも現れないという悲しい結末で終わった。ハイスペックの攻略対象者をふたりとも手に入れるなんて虫のいい話はないということだ。二兎追う者は一兎も得ずってことね。もしかしたら制作会社的には、健全で誠実な恋愛をモットーにしていたのかもしれないけど。
そういうこともあり、ほとんどのプレイヤーは最初からひとりに的を絞っていた。三角関係はさほど絡みがない上、ひとりと長くラブラブ状態を楽しめるからだ。つまり、卒業式まえから『マックス状態』を長く維持することができた。この場合はもう両想い状態と言って良かったけど、攻略対象者が告白してくるのは絶対卒業式だった。
そのことも、現実の今とは大きくかけ離れている。
でも、その違いに関しては、理解しようと思えばできる。
プレイヤーは攻略対象者を落とすのが最終の目標だから、ゲームの最後に持ってきたほうがシナリオ的に成り立つし、綺麗にエンディングを迎えられる。告白されたあと、そのままエンドロールが流れて終わりだった。
終盤で悪女カレンを倒したあとだったから、ちょっと一時の平和を楽しんだあと、ふたりが結ばれるという図に、カレンとふたりの幸せ度が対比され、気持ちよさと爽快感もあった。
それに何より、好きなひとが卒業式の日に告白しにきてくれるというシチュエーションが萌の一言に尽きた。
乙女の憧れとシナリオの都合によって、攻略対象者は卒業式に告白しにきてくれたのだろう。
でもここは現実世界。攻略対象者はそんなものに縛られる必要はないから、好きだと思えば、自由に自分の気持ちを伝えられる。
でもその相手がよりにもよって、悪女だなんて。
ヒロインが現れたら、きっとみんな正常な思考を取り戻して、気持ちが冷めるに決まっているわ。
「あのときはどうかしてたみたい。忘れてほしいんだ」とか「気の迷いだった。悪い」とか「ご、ご、ごめんなさいっ! 僕の勘違いでしたっ!」とか「気が変わった。ごめんな」って言われてもショックを受けないように、準備しておこ。
ん? ショック?
私が首を捻ったところで、腰に手をあててこちらを睨み据えていたミレイアが口を開いた。
「一体どういうつもり!? イリアス様とわたくしの時間を邪魔するなんて!」
ん? なんのこと? 私が首を捻ると、ミレイアがびしっと音がしそうなほど、指を突きだした。
「とぼける気? 先日、イリアス様と一緒に休日を過ごしたことは、知れているのよ!」
ああ、この前の誘拐事件のことね。あのときは本当に大変だったわ。まだ手首の傷も癒えてないんだから。占いの館で買った〈身代わり人形〉と〈ユニコーンの角笛〉、常に持ってれば良かったわ。
ヒロインは学園でしか命を狙われなかったから、制服のポケットにさえ入れておけば安心と思ってたのに。
私が自分の思考の中に埋もれて返事をしないでいると、ミレイアはますます苛立ったみたいだった。
「あなたさえいなかったら、イリアス様はわたくしと休日を過ごしてくれていたはずなのに! イリアス様をどんな手で誘惑したか知らないけど、あなたみたいな家柄しか脳のない女は、イリアス様には相応しくないわ!!」
ええっ!? その台詞、あなたが散々自分に言ってきた言葉じゃないの!?
そして、その言葉で思い出す。そういえば、私の家ってすごいのよね。もちろんすごいのは私じゃなくて、お父様とお兄様だけど。
確か、学園の女子生徒の中では一番金持ちなのよね。身分も侯爵家だし。ってことは、ここにいる女子の中では一番上ってこと?
周りの取り巻きたちの顔を順繰りに見ていると、私と目が合った途端、取り巻きたちがさっと視線を横に流したり、目を伏せたりし始めた。
ははーん、彼女たちの様子からぴんと来た。
さっきは私の顔が怖いからだと思っていたけど、どうやら違うみたいね。
長いものに巻かれろ理論で、ドロノア家を敵に回したくないらしい。
でも散々ミレイアに従ってきた過去があるせいで、ミレイアとの付き合いも邪険にできないようだ。まあ、家柄では彼女たちの中ではミレイアがトップだもんね。
クスクス笑いの二人組も見れば、さっと顔を反らされた。
こら、あんたたち。昨日の犯人だってことはわかってるのよ。顔が私にバレなきゃかまわないと思ってやったんでしょうけど、お生憎様、バレバレよ。それに昨日の台詞からだと、この子たち率先してミレイアに従いそうね。
そんな彼女たちの様子に気付かず、一番前に進み出たミレイアがふんぞり返って言う。
ミレイアが強気なのは大勢を引き連れているせいと、プライドの高さが影響してそう。今更すごすご引き下がるなんて、みっともなくて嫌なのかも。
でも、いくら私を責めたところで、イリアスは手に入らないわよ。だって、ヒロインとむすばれるんだから。
そこで、また胸がツキンと痛んだ。
一体この間から、何? 私、持病持ってないわよね。
「厚かましく、イリアス様に迫るなんて、恥を知りなさい!!」
「迫ってなんかいないわよ」
「じゃあなんで、イリアス様と休日を過ごしていたのよ!」
「そ、それは子供のときからの約束で――」
「ほら、見なさい!」
ミレイアが鬼の首をとったかのように叫んだ。
「まだ幼かったイリアス様の隙を突いて、弱みを握ったに違いないわ! それを盾に、休日自分と過ごすように脅したんだわ。全く、どこまで根性がねじ曲がっているのかしら」
どこをどう解釈したらそうなるわけ?
私は口をあんぐりと開けた。
イリアスを脅せる人間がこの世にいると思う!? あの性格に加え、天下のペルトサーク家よ。一体どこにそんな恐ろしいことをするやつが。それにもし、それが事実なら、今頃私は生きてここにいないわよ。
この子、一体どうしちゃったの。
「わたくしがいくらお誘いしても、イリアス様がのってくれないのは、あなたが影で彼を脅し、操ってるからよ!」
いや、それは単純にあなたのお誘いが嫌なだけで、私は関係ないと思う。
そう口出ししたくても、ミレイアは息つく間もなく、矢継早に言葉を続ける。
「じゃなきゃ、あなたみたいな家柄だけの取り柄の女と休日を過ごすはずがないわ。――可哀相なイリアス様」
ふっと目尻を押さえるミレイア。クスクス笑いの二人組が「おいたわしい」とか「可哀相なミレイア様」とか合いの手を入れる。
なに、これ。私、悪女扱いされてる? これって、ゲーム補正なわけ? 自然と悪女として仕立て上げられるようにできているの?
「権力を笠にきて、イリアス様を脅す卑怯者にイリアス様は絶対渡さないわ」
「ちょっと待って――」
言い分を言おうにも、ミレイアの耳には届かないようだった。
その瞳の奥が妖しく揺らぐ。
「本来なら、今頃噂になってるのは、わたくしとイリアス様のはずなのに……。評価され、褒め称えられているのはわたくしだったはずなのに……」
なにかに取り憑かれたようにぶつぶつと口にしたあと、また顔をさっとあげる。
「あなた、噂ではほかの殿方まで手を出しているそうじゃない。イリアス様に飽き足らず、ほかの殿方の弱みまで握ろうなんて――。このミレイアが! イリアス様とともにほかの殿方も救ってみせるわ。あなたの思い通りなんかにさせないんだから! 覚悟してなさい!」
啖呵を切り、フンと鼻息荒く吐き出したあと、ミレイアが足音荒く屋上を去っていく。取り巻きたちもそのあとそそくさと続いていく。
私は屋上にぽつんとひとり取り残された。
「一体なによ、これ?」
盛大に勘違いしているようだったけど、いくら言葉を並べたところで、信じてくれそうな雰囲気ではない。
「これからどうなっちゃうのかしら?」
ヒロインも現れてないのに、攻略対象者といい、ライバル令嬢といい、ミレイアといい、ゲームの流れからどんどんかけ離れていっている気がする。
「一体、私にどうしろっていうのよ……」
私は人知れず、はあと大きなため息を吐いたのだった。




