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67、『少女誘拐事件』

はっと目を覚ませば私の視界に荒く削られた茶色い石壁が飛び込んできた。意識を失っている間にどこかに運ばれたらしい。

立ち上がろうとしたけど、体が自由に動かない。見れば手と足は固く結ばれているようだった。何とか体をねじり、寝転んでいた状態から上半身だけでも起き上がらせる。後ろ手に縛られた手で地面を触ると、ざらざらとした岩肌に手が触れた。

ここは洞窟のようね。ゲームでは王都から少し離れた山の中に、悪党どもの根城があった。

ゲームではヒロインを助けにイリアスがやってくるけど、私の場合は――……望み薄ね。


「起きたか」


はっとして声がしたほうを見れば、私を連れ去った男ともうひとり別の男がいた。

――この男。私はきっと睨みすえる。

ゲームでも出てきた悪党たちのボスだ。目が細くて狐顔のいかにも悪者って感じだった。

狐顔が私のほうへ足を踏み出す。


「この女が拐ってきた女か」


「へえ。すんません。この女に見られちまって仕方なく」


「ほかにヘマはやってないだろうな」


「ガキがふたりいましたが、顔は見られてないので、ご安心を」


「ふん。ガキのほうが持ち運びしやすくていいんだが」


狐顔が私の顎に手をかける。

何よ。触んないでよ。


「上玉だな。証拠隠滅と一緒に売り払うのも悪くない。今日中にこの女が入る箱を探しとけ」


「へえ」


狐顔は私を一瞥して顔を離すと、男とともに去っていった。私はひとり穴ぐらの中で、はあと大きくため息を吐いた。


「『少女誘拐事件』に巻き込まれちゃった……」


ゲームではイリアスと仲良くなった頃、マルシェの女主人マリサが「最近、街で女の子たちがさらわれてるから気をつけな。特にあんたみたいに可愛いけれゃ尚更だよ」と忠告してくれるのだ。

イリアスのイベントのフラグがおきる前振りみたいなものだ。

なのに、なんで悪女の私が拐われなきゃならないの?! 頭を抱えたいけど、縛られているからそれもできない。

それもこれも幼い少年がさらわれている現場に居合わせてしまった自分の運の悪さのせいである。かといって、自分のかわりにあの少年が攫われていたかと思えば、自分が攫われたほうが幾分まだマシだと思えた。それだけが唯一の救いだ。

それにしても、ゲームでは『少女誘拐事件』の名で世間を賑わしていたけど、あの男たちの台詞からは私みたいな年齢の少女は予想外にも聞こえた。

もしかしたら、まだこの頃の狐顔の悪党共の狙いは子供だったのかしら。「箱を探せ」とも言ってたし。

ヒロインが現れる一年後には標的を私くらいの年齢の少女にも広めていったのかもしれない。幼い子供たちをさらって味をしめ、さらに図にのってもっと悪に手を染めるようになったんだわ。

がめつい悪党たちが考えそうなことね。私は確信して頷く。

ヒロインは拐われたあと、この同じ場所で気丈にも「どうして私を拐ったの?!」なんて悪党たちに叫び、狐顔は「お前は隣国で売られるんだよ」と教えてくれる。

悪党たちは隣国に商品を運ぶふりをして、荷物の中に少女が入った箱を紛れ込ませていたことがイベントの終わりで明らかになっていた。

けど、私がいくら真相を知っているからといって何になるんだろう。

自分の縛られた足首を見て、重いため息を吐く。

これはイリアスの好感度がマックス状態でおきるイベント。

生まれたときから誰もが羨む立場におかれ、生い立ちや家庭環境に嘆くことも、誰かに阻まれることもなく真っ直ぐ歩いてきたイリアス。そして、自身の秀でた頭脳と才能も手伝って、なんでも完璧にこなしてしまうイリアス。

彼は世界をつまらなく感じた。何かに熱中することはなく、どこかいつも冷めた目で、周りを俯瞰して見ているイリアス。

そんな冷え切ったイリアスの前に突然現れたのが、今まで自分の周りにいなかった異質の存在のヒロインだ。貴族なのに貴族らしくなく、気取っていなくて、太陽のような真っ直ぐな心を持ったヒロイン。自分と正反対の、なんでも一生懸命にこなす性格に最初は興味がひかれていく。暖かな心のヒロインに接していくうちに彼の心はだんだんとときほぐされていく。そうして、ヒロインのおかげで、つまらない世界が色を変えていくのだ。いつの間にか彼女が大切な存在だとイリアスは自覚するようになる。

そんなときに起こるのがこのイベントだ。

――ユーリウスのように悲しい過去を持ち、祖父とわだかまりがあるわけじゃない。

――エーリックのように少年時代に傷つき、トラウマがあるわけじゃない。

――フェリクスのように過去を後悔し、罪悪感に苛まれているわけじゃない。

家族も、何も喪うこともなくすべてにおいて完璧な道を歩いてきたイリアス。

彼には悩みなど何もなかった。

だからこそ、このイベントはイリアスらしいイベントと言えた。

挫折のなかったイリアスに初めて訪れる試練。

大切なヒロインを失うかもしれないという恐怖。

何不足なく生きていた人生の中で、初めて味わう感情。

何かを失ったことのなかったイリアスは、このイベントが無事解決すると攫われる以前にも増してヒロインのことを大切に思うようになり、そして初めての負の感情を味わったことによって、前よりも感情の揺れが大きくなるのだ。幸せをより幸せに感じられるようになるという、イリアスファンからすれば拍手喝采のイベントだった。

だが、しかーし! ここに今いるのは私! 悪女カレン・ドロノアなのだ。

私なんかを大切に思っているはずないんだから、喪失感を感じることもないし、感情が豊かになることもない。

そもそも助けにくるかどうかさえ、わからない。ゲームではイリアスの目の前でヒロインは拐われたけど、私の場合はイリアスはその場にいなかったし。

私が拐われた事自体、知らなかったらどうしよう。

いやいやいや。私は恐怖で身震いする。あのボールの少年もいたし、王都の警備隊くらいには連絡してくれるよね?

もしや、これ幸いとばかり、見て見ぬ振りなんてしないよね。

ひとつ嫌なことが浮かぶと、次々と嫌な考えが広がっていく。

私は自分の考えを振り払おうと首を振った。

とにかく、今できることを考えよう!

私は改めて、縛られた自分の足首を見る。

コレ、外れたりしないかな。

私は少しでも緩められないかと、ジタバタと手足を動かした。

擦れて痛いけど、この際しのごは言ってられない。

五分くらい粘ってみたけど、やっぱり縄は解けそうになかった。寧ろ、手首がヒリヒリして痛い。

あー。これは間違いなく血が滲んでるわね。

私はため息とともに、ばたりと横になる。

服越しにごつごつとした岩肌があたって痛い。この惨めな状況に涙が滲んできそうで、私は目をつむった。

どれほどそうしていたかわからなかったけど、気づくと湿った感触とともに柔らかくくすぐる何かを頬に感じた

目を開けると、馴染みのある顔が至近距離から見つめていた。


「レ、レオン?!」


私はがばりと起き上がった。


「いてて……」


動いたせいで擦りむいた手足が痛い。でも今はそんなことは気にしていられない。

レオンはゆるゆると尻尾を振って、そのつぶらな瞳で私を見つめている。頬に感じた感触はどうやらレオンの湿った鼻だったみたい。


「良かった。無事だったんだな」


続いて、洞穴の出口からイリアスが姿を表した。


「イリアス様っ?!」


私は仰天した。


「――どうして、ここに……」


私は目の前の光景が信じられなくて、呆然と呟く。


「お前が馬車で連れ去られたことを少年から聞いて、匂いが消えないうちに急いで追いかけてきたんだ。他の馬車が通った後じゃ、レオンも匂いを辿れないからな」


それは知ってる。ゲームでもヒロインのもとに真っ先にやってきたのはイリアスの愛犬だったから。さすがペルトサーク家、人だけじゃなく愛犬も警察犬並に超優秀だったと、当時は感心したけど……――。

じゃなくて、私が言いたいのは、どうしてわざわざ悪女なんか助けに来たのかってことよ。

まだ頭が追いつかず、呆然と固まってしまった私の横に、イリアスがしゃがみ込む。

顔の高さが同じになって、そこで初めてイリアスの呼吸が乱れていることに気づいた。イリアスの息が頬を撫でていく。よく見れば胸が微かに上下している。

地下組織で大勢を相手したあの時だって、息ひとつ乱していなかったのに――。

それ以外にも普段と違うところに次々と気づいていく。私はまじまじとイリアスを見つめた。

いつもは整えられているはずの髪は四方に乱れ、ネクタイも引っ張ったかのように形が崩れ、襟元まで釦を留めていたはずのシャツは着崩れ、ぴんとノリがきいていた上着もズボンも皺くちゃでほこりまみれ、ピカピカだった靴にも泥が跳ねている。

いつもは一片の隙もないほど、完璧の装いのイリアスが見る影もない。

そんなに一生懸命走ってきてくれたの? 

――私、ヒロインじゃないのに……。

ゲームではこんな姿のイリアスを見て、どれほど心配して、追いかけてきてくれたのだろうと、心が苦しくなった。

イリアスの姿が、ヒロインを追いかけている間のイリアスの苦しい心情を表していた。

道すがらどこかで手に入れたであろう長剣で、イリアスが縛られた私の手足の縄を順に切っていく。

私は今の状況に幾分頭が追いつかないものの、それでもほっとして、開放された自分の手首を見た。予想通り縄が擦れたせいで内出血がおこり紫に変色し、皮膚も破れ血が滲んでいた。

痛いけど、自由になって良かった。

肩を撫で下ろした私とは逆に、その様子を間近で見下したイリアスが顔を歪めた。

そして何を思ったか、私を抱きしめてきた。


「イ、イリアス様っ?!」


私は急に抱きすくめられ、混乱した。ゲームでもこんなヒロインを抱きしめるシーンなかったわよね?!


「すまない……」


「な、な、なにがですかっ?」


「――お前のそばを離れるんじゃなかった……」


後悔がにじむ声音とさらにぎゅっと抱きしめる力――まるで自分のほうが痛いようなイリアスの切ない雰囲気に、逆に私のほうが慰めたくなってしまう。

私はイリアスにそっと腕を回して、その背中を撫でる。まるであやすみたいに。


「……イリアス様のせいじゃありませんよ。だから、そんなに落ち込まないでください。それに助けに来てくれたじゃありませんか」


「――『イリアス』」


「え?」


「『イリアス』って呼んでくれ」


囁くように耳元で呟かれる。依然、私を抱きしめる腕は緩まない。


「……――イ、リアス……」


言われたことが信じられなくて、私は思うように働かない頭で、言われた台詞を返す。

イリアスが腕を緩め、体を離した。

今まで見たことがないほどの光を瞳にまとわせ、私を一心に見つめてくる。

あら、なんだがだんだん光がこっちに近寄ってくるわ。

青い瞳に魅せられて、ぼうっとしていると、「わふっ」という声が聞こえた。

唇がぎりぎり触れ合いそうになる寸前で、お互いはっとして顔を見合わせた。

イリアスが慌てたように、ばっと肩から手を離すと、急いで立ち上がる。

な、なにがおこったの、今!? 私は私で思わず赤くなりそうな顔を手で押さえた。

まるで、キス直前だったような!? ま、まさかたまたまよね。そう、たまたま、お互いの唇が近くなっただけよ。

イリアスのほうをちらっと見ると、そっぽを向いているせいで表情はわからなかったけど、その耳もなんだか赤くなっているように見えた。


「くぅーん」


そのとき、手首の傷を慰めるように、レオンが私の手首を舐めてきた。


「ふふ、レオンも助けにきてくれて、ありがとう」


さっき「わふっ」と鳴いたのは勿論レオンである。


「――早くここを出よう」


立ち直ったイリアスが、部屋の前で様子を探っている。


「幸い、ここにくるまで、お前を攫った連中には遭遇しなかった。まだバレていない。逃げるなら今のうちだ」


私を振り返る。


「外でハナもお前を待ってる」


「ハナが?!」


「ああ。本当はあの場に置いていこうとしたんだが、聞き分けがなくて無理矢理付いてきたんだ。仕方ないから一緒に――。お前のことが心配だったんだろう。洞窟の前で待たせてるが、いつまで言うことを聞いてくれるか――。」


「急いで行きましょう!」


私は立ち上がった。ハナをこんな悪党がごろごろいる場所に入り込ませたくない。


「こっちだ」


イリアスが顎で示したほうに私も走ってついていく。後ろからはレオンもついてくる。

ゲームではこの洞窟の中はちょっとした迷路みたいになっていた。

進んでいる途中で、敵に見つかりそうになり、別の部屋に隠れたりする。

果たして、敵の足音が向かう先から響いてきた。



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