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66、公園デート

今日はイリアスとのお茶会の日。私はガタゴトと馬車の中で揺られていた。

外は気持ちいいほどの晴天。でも私の気持ちはそれとは反対に決して晴れ晴れしいとは言えなかった。


「どうした?」


向かいのイリアスが話しかけてくる。

私は慌てて顔をあげた。


「いえ、なんでもありませんっ」


「そうか? さっきからため息ばっかりついてるな。何か悩み事があるなら話してみろ。力になるから」


「イリアス様……」


気分が重いせいか、珍しく気遣ってくれるイリアスがとても有り難く感じる。

でもその分、頭痛の種も一緒に押し寄せる。

先日のフェリクスとレコの件がまだ私の中で尾を引いていた。まさかあのふたりからも告白されるなんて。

悪女に告白してくるなんて、一体どういうことだろうか。異常事態もいいところよね。

今後の悪女としての行く末にも頭を悩まされているのに、さらなる悩みができてしまった。

その上、思い合ってないとはいえ、イリアスは仮にも私の婚約者。こんなにたくさんの男性に言い寄られていると、誠意にかけるのではないかと、面と向かった今、急に罪悪感が押し寄せてくる。

私が再び、ため息を吐くと、イリアスが手を伸ばしてきた。


「熱でもあるのか?」


私の額に手を当てる。イリアスの手はひんやりとして気持ちいい。って、なんでそんなに今日は優しいの? やめてよ。余計罪悪感感じちゃうじゃない。

 

「熱は――。ないようだな」


「だ、大丈夫です! ほら元気いっぱいです! 心配しないでください」


私は両腕を広げて曲げてみせる。

イリアスがそんな私を見てくすりと笑う。


「まあ、元気だけがお前の取り柄だもんな」


うっ。ちょっと馬鹿にされている気がしないでもないけど、間違ってないから反論できない。


「ところで、今日はどこに向かってるんだ?」


「あっ。それはですね、今日は公園で遊ぼうと思ったんです」


「公園?」


『きらレイ』でも出てきたデート場所。いかにも元庶民のヒロインがデートに選びそうな場所だけど、背景画面から穏やかでのんびりした空気が漂ってきて、癒やされるなあって思ったんだよね。


「それで、レオンも一緒にって言ったのか」


名前に反応したのか、イリアスの足元でジャーマンシェパード似のペルトサーク家の愛犬、レオンが「わふっ」と返事を返した。

反対側の私の足元にはもちろんハナがいる。残念ながら、公共の場所にそう何匹も連れてこられないので、ハナの子供たちにはお留守番してもらっている。


「そうです。いつも私かイリアス様のお屋敷のお庭だから、たまには違うところで遊ばせてあげたくて」


私はゲーム画面を思い出しながら、にっこり笑う。


「今から行く公園、花畑もあって、すっごく綺麗なんですよ」


背景に色ごとに植えられた花々が写りこみ、それがまだ攻略対象者に映えていて、絵になっていた。一度見てみたかったんだよね。


「へえ。それは楽しみだな」


私の笑顔につられたのか、イリアスが微笑んだ。頬杖をついて顔を横に傾けながら、目を細める仕草はまるで愛しくてたまらないって言ってるみたいだった。

うわあ!! 花畑よりイリアスの笑顔のほうがよっぽどキラキラしいわね。目の毒だわ。こんな笑顔見せるなんて珍しい。でも勘違いしちゃだめよ。愛犬のレオンも一緒だから気が緩んでいるだけよ。それに楽しみなのは花畑。私に微笑みかけているわけじゃない。

そんなやり取りをしているうちに、馬車が公園の入口で止まった。


「さあ、行きましょう!」


私はハナのリードを持って、公園に降り立った。

公園には私たち以外の貴族の姿はなく、ほとんどが庶民の出でたちだった。砂地で子供たちが駆けずり回って遊んでいたり、向こうでは家族連れが花を見に来てがてらのんびり散歩なんかをしている。

今日は休日だし、貴族と違って庶民の娯楽は少ないから、けっこうな賑わいだ。


「初めて来たけどけっこう広いな」

 

芝生があったり、花壇があったり、奥には木立も見えて、まだその先がありそうだった。


「そうですね。ひとまず歩きましょうか」


「ああ」


私とイリアスはハナとレオンを連れて、公園を歩いていく。初めて来る場所に興味津々なのか、ハナがずんずんと歩いていく。


「ちょっと待ってよ、ハナ」


私は半ば引きずられるように歩いていく。レオンはイリアスの横にぴったりとくっついてお利口に歩いている。

やっぱり賢さは飼い主に似るのかしら。トホホ。

日差しが惜しみなく降り注ぐなか、私たちははしゃぎまわる子供たちの様子を眺めたり、花壇の花を愛でたりしながら、他愛もない話に花を咲かせた。

そうして一通り公園の中を見て回った私たちは、奥のほうにある木立で休むことにした。

木陰のある根本にふたりで座り込む。

心地よい風が頬を撫で、通り過ぎていく。

ぼうっとして風にあたっていると、周りの景色も相まってか、ゲームの記憶が掘り起こされた。

この木立、画面にも出てきたわね。この木立を背景に、ヒロインとイリアスと、イリアスの愛犬がボール遊びして仲良く遊ぶシーンがあった。

イリアスの好感度マックス状態になると起こるイベントで、イリアスの大事な愛犬ともそこで初対面となる。人を寄せ付けないイリアスが家族の一員である愛犬を紹介してくれるという、嬉しい一場面だった。何故ならそれは心を開いてくれた証拠でもあったから。

犬相手でも真剣に遊ぶヒロインが愛らしくて、イリアスも微笑ましげに見てたっけ。

今思うと、あの愛犬ってレオンのことだったのね。画面にちらっとしか出てこなかったけど、よくよく思い返せば、ゲームの愛犬ってレオンにそっくりね。ヒロインも「わんちゃん」呼ばわりしてたからあまり気にしてなかったわ。


「喉乾いてないか。公園の入口で飲み物が売ってたから買ってくる」


のんびり寛いでいると、イリアスが青い瞳を向けてくる。明るい陽光の下でみると、ますます宝石のように見える。それに、そんな作用はないだろうけど、太陽の熱でいつもの氷の膜も溶けたのか、柔らかい光を帯びている。


「そんな、悪いです。イリアス様が行くなら、私も一緒に――」


「いい。ここで休んでろ。すぐ戻る」


立ち上がろうとする私を制して、イリアスがさっと立ち上がって、レオンを連れて行ってしまった。


「今日はすごく気遣いに溢れてるのね」


イリアスの背を見送りながら、ぽつりと呟く。


「天下のペルトサーク家の人間を使いっぱしりにしちゃうなんて、誰も信じないわね。ねーハナ」


隣にいるハナの毛をわしゃわしゃと撫で回す。

その時、足元にボールが飛んできた。


「わ、なに?」


「お姉さーん! こっち投げてー」


声のしたほうを見ると、ひとりの少年が手を降っている。どうやらボール遊びをしていて、こっちに転がってきたらしい。

私はボールを掴んで、立ち上がった。


「行くわよ。ほら!」


うまく投げたつもりだったのに、ボールは思いもよらぬ方向へと飛んでいく。少年のいる空き地とは反対に木立のほうへと消えてしまった。


「あー! お姉さん、なにやってるの」


少年が声をあげて、駆け寄ってくる。


「ごめん、ごめん」


私は苦笑いを浮かべて、頭をかいた。


「ハナ、ここで待ってて。ボールをとりに行ってくるわ」


木の根本にハナを残して、ボールが消えたほうへと向かっていく。

そのときには少年が私のそばまで寄ってきていた。


「ごめんね。ボールとってくるから」


「俺も一緒に探す。確かこっちだったよね。それにしても、お姉さんボール投げるのヘッタだな」


「ははは」


容赦ない子供の言葉にから笑いするしかない。

そういえば、ヒロインもノーコンだった気がする。この公園でレオン相手にボールを投げあいっこしてて、全然違う方向に行っちゃうんだよね。

茂みをガサガサと探しているうちに、そんなことが頭によぎる。

そうそう、その時もこんなふうにボールを探しに行って、その先で攫われちゃうのよね。

そう思って薄暗い木立を歩いていると、だんだん嫌な予感がしてくる。まさか、私も拐われたりしないわよね。

ただ今の状況とゲームの状況が似ているから、そう思うのよね。それにヒロインは主人公だけど、私はただの悪女よ。私が拐われるわけないわ。考え過ぎよ。

そう思ったところで、くぐもった声が聞こえた。

地面を見ていた目線をあげると、少し先の茂みで幼い少年が男に口元を塞がれ、羽交い締めにされていた。


「ちょっとなにやってるのよ!!」


私は急いで駆け寄り、男と少年の間に分け入った。


「離しなさいっ!!」


男の腕を少年から引き剥がそうと、無理矢理引っ張る。少年は男の腕の中で泣きべそをかいている。


「ちっ。邪魔するな!」


「早く離しなさいったら!」


私は男の言葉を無視して、腕や頭をがんがん殴る。男がようやく手を離した。少年は力が入らないのかずるずるとその場に座り込んでしまった。

この状況ゲームとそっくりね。相手こそ違うものの、ヒロインが急に口を塞がられ連れ去られるシーンに似ている。私は公園の奥に目を走らせる。

あった! 公園に横付けされた幌馬車。あの馬車で、攫われるのよね。そして、その馬車で連れ去られる寸前、異変に気づいたイリアスが駆けつけるの。

ヒロインは男に塞がれた指の隙間から、必死に幌馬車の中からイリアスの名を叫ぶんだけど、結局人の足では追いつけなくて、馬車を逃してしまうんだよね。そのときにイリアスも必死に縋りながら、お互いの名を叫ぶシーンは見どころだった。


「お姉さん、ボール見つかった――」


その時、茂みの奥からボールの少年が顔を出した。


「危ないから来ちゃだめよ!」


ボールの少年のほうに気を取られた私は、一瞬無防備になってしまった。


「こうなったからには、てめえをかわりに連れてく」


耳に男の言葉が届いた瞬間、腹に衝撃が加わった。

視界がかすみ、暗転する。私は気を失った。







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