63、一波乱の食堂
ある日のお昼休み。
私はお昼をとりに食堂に行った。いつものC級ランチをトレイに載せて、どこに座ろうか迷っていると、レコの姿を見つけたので近づいて話しかける。
「ここ、座ってもいい?」
「カレンさん!?」
食事をとっていたレコが顔をあげて飛び上がる。
あまりの驚きように、私のほうが慌てる。
「急に話しかけちゃって、ごめんなさい。驚くよね」
「い、いえ、そんな。カレンさんが気にしないでください。今のは、僕が悪いんです」
「邪魔じゃなかったら、ここに座ってもいい?」
「邪魔だなんて、そ、そんなことないです。どうぞ座ってください」
相変わらず前髪で表情は読み取れないけど、耳を赤くして、向かえの席をすすめる。
「良かった。いつもひとりだと寂しくて」
テーブルにトレイをおいて、着席する。向かえを見れば、レコも同じC教室定食だ。
「同じだね」
「え?」
レコが顔をあげる。
「同じC級定食。友達と食べるなら、ばらばらに違うもの食べるより、同じの食べたほうが美味しいものも、もっと美味しく感じられるじゃない? おんなじので良かったなって思ったの」
「……友達――」
レコが耳を赤くしたまま、ぽつりと呟く。
まだ会って三回目で友達は早かったかしら。それとも、悪女とは友達になりたくない? レコルートでは悪女カレンは関わってこないから、断罪はなし。仲良くなっても大丈夫だと踏んだけど、一方的に気持ちを押し付けちゃったかな。迷惑だったかと、表情を伺いながらレコの次の言葉を待つ。
「……そんなこと言われたの初めてで……」
「え?」
「僕を友達だなんて……。誰も僕をそんなふうに思ってくれる人はいないから」
ゲームでは、レコは劣等感から周りと距離をとっていた。でもその劣等感は自分の心が生み出したただのまやかし。本当の彼は優しくて、好きなものに真っ直ぐで、己の心をちゃんと奮い立たせる人。ヒロインの優しさと励ましによって、勇気を出して自分を変えて行ける人。でも、ここであなたは本当は素晴らしい人なのよとは言えない。ヒロインの役目を奪っちゃいけないわ。
「じゃあ、私があなたの一人目の友達ね。嬉しい。私も友達って言える人、いないの。お互い、一番目の友達ね」
これなら、許されるわよね。私がにっこり笑いかけると、レコの前髪の下に見えてる頬が真っ赤に染まった。
「僕があなたの……一番目の友達――」
「ねえ、レコ君って呼んでもいい? 友達で様付けは変だし、いいよね?」
「あ、はい!」
こくこくと頷くレコ。
「良かった。じゃあ、友達ならこれからお昼は毎日一緒ね」
「……毎日」
レコの顔がさっきから真っ赤だけど、大丈夫かしら。こんなに恥ずかしがりやだと、大変ね。
「ごめん。さっきから食べる手、止めちゃったね。さあ、食べよう!」
「はい――」
ふたりでスプーンを口に運んだ時だった。食堂がざわついた。
いくつかの黄色い声が耳にはいる。
目を向けると、イリアスの姿が食堂に入ってきたところだった。
「イリアス様ぁ。わたくしと一緒にお食事しませんこと?」
例によって、ミレイアとその取り巻きたちがイリアスの後に続いている。ミレイアがイリアスの腕にすがりつこうとしたけど、すぐにすっとかわされる。けれどべったりくっついて歩くのは変わらない。
めげないわね、ミレイア。あの根性と行動力を他に向けたら、素晴らしい成果を上げそうなのに。
呆れて眺めていると、イリアスと目が合ってしまった。イリアスが軽く目を見開く。
やばい。学園では顔を合わせないようにしてたのに。とうとう食堂で顔を合わせてしまったわ。
私はいつも早い時間にお昼をとっていた。この学園のお昼時間は長い。なんと一時間半もある。お上品な学園の生徒たちは、慌てて飯をかきこむなんてことはしない。優雅なランチタイムを過ごすのが貴族の子息令嬢たちのスタイルなのだ。
そのため、早く来て早めに食べて切り上げたほうが、他の学園生徒とかぶる滞在時間も減らせて、イリアスもうまく避けていられたのに、なんで今日はこの時間なの? そりゃレコと少し話してたから、私もちょっぴりいつもより長くいるかもだけど、それにしても今日早くない?
私はばっと視線を避けて、なるべく存在を消そうと縮こまる。他の一般生徒と変わらない人畜無害の存在を装って、黙々と食べていると、なんだかざわざわした空気が近寄ってくる。
「ああん。イリアス様、どちらに行かれますの。あちらにテラス席をとってありますから、そちらで一緒に――」
ミレイアの声がだんだんと大きくなって、すぐそこまで来たと思ったら、隣の椅子が引かれる音がした。
A級ランチを載せたトレイが隣に置かれる。
誰かが隣の席に座った。私は顔をあげて横を見ると、イリアスが座っていた。
「イリアス様! 何故そこにお座りになるの?」
イリアスの横に立ったミレイアが、私の存在に気付いて眉を尖らせる。
「どこに座ろうと俺の勝手だ。食事の邪魔だから、向こうに行ってくれないか」
イリアスがミレイアに冷たい視線を向ける。
ミレイアが目尻をあげたまま、私とレコの、そしてイリアスのトレイに視線を走らせる。
「そんな貧乏人の隣で食事をとることなんてありませんわ。イリアス様の品位が下がります。イリアス様にはもっと相応しい場所とお相手がおりますわ。さあ、わたくしと一緒にあちらにおいでになって」
失礼な言い方ね。ひとをばい菌扱いかしら。おんなじ学び舎で過ごす仲間に対して、物言いってものがあるでしょうが。
私は思わず立ち上がる。
「いきなり来て何よ。失礼ね。私だけならともかく、レコ君まで悪く言う事ないじゃない」
「カレンさん……」
向かえに座ったレコが眩しそうに私を見つめて言う。私の頭上にきっと灯りがあるせいね。
私だけなら大人しく我慢するつもりだったけど、私と一緒にいたせいで誰かが傷つくなら許せないわ。
というか、そもそもイリアス、なんでここに座ったのよ?! 席ならいくらでもあるでしょうが! やっぱり私を監視するためなの?
ミレイアが私を睨めつけて、顎を反らせる。
「またあなた。この前言ったことが理解できなかったのかしら。貧乏人だからやっぱり育ちが悪い上に頭も悪いようね」
ミレイアの取り巻きたちが私を見て、くすくすと笑う。
「わたくしが誰だか思い知らせないとわからないみたい」
いつの間にか、食堂中の目線が私たちに注がれていた。
有名人のイリアスと高飛車で目立つミレイア。ふたりに関連していると思われる私とレコ。
食事をしていた生徒たちが手を止めて見ている。
イリアスが口を開いた。
「俺が誰といようと、君には関係ない。俺が進んでここにいるんだ。他人に指図される謂れはない」
「進んでですって――?」
ミレイアが拳を握りしめ、体を小さく震わせた。
「そんな誇る家柄も身分もなさそうな貧乏女のどこがよろしくて?」
「そうよ。そんな貧乏人にはイリアス様は勿体ないわ」
「イリアス様にはミレイア様のような立派な家柄の方が相応しいのに」
ミレイアの後ろに立つ取り巻きたちが私を見て、意地悪そうに笑う。
イリアスがそんな彼女たちに鋭い視線を放つ。
「君たちはさっきから貧乏人と連呼してるが、自分たちが指している人間が誰か本当にわかってるのか」
「誰って――」
取り巻きたちが仲間を見渡して、閉口する。どうやら誰一人私の名前を正しく言える者はいないみたい。クラスメートもいるはずなのに、こんなに存在を認知されていないと、それはそれで悲しい。
私が肩を下げたところで、イリアスとは反対の席にどかりと座った人物がいた。
私のトレイの隣にA級ランチをのせたトレイが置かれる。
「『カレン・ドロノア』。資産家で名高いドロノア家の令嬢。カスパル侯爵の娘。王族からも覚えめでたいジェイクの妹。これだけ言えば充分だよな」
「ユーリウス!?」
私はイリアスとは反対の隣の席を振り返る。
ユーリウスは私と目が合うと、にっこり微笑んだ。
「いつもこの時間のお昼? いつも会わないから、今日は早めに来た。俺もこれからそうしよ」
周りはもう気にしてないのか、スプーンを手に取ると食事を始める。私がぼうっと突っ立ってると、見上げてくる。
「ほら、座って。あ、俺のデザートほしい?」
私の手を引っ張って、椅子に座らせる。
先日告白されてから、初めての顔合わせ。
あのときのことがまざまざと思い出され、赤面しそうになる。
でも、食堂のザワザワし始めた空気に私の意識はすぐに切り替わった。
「ドロノア侯爵だって? あのずば抜けた商才で有名な?!」
「たった一代で資産家貴族の五指にのしあがった、あの?!」
「ジェイク様といったら、社交界の花で有名な方よね?」
「品行方正で才色兼備。王太子と並んで、貴族の令嬢たちをひとり残らず虜にすると言われている方よ。実は私の姉も姉の友達もみんなあのふたりにお熱なの」
「ジェイク様だけじゃないわよ。カスパル侯爵も大人の色気があってすごいらしいの。マダムたちの間では花の貴公子と呼ばれてて、未亡人どころか貴婦人たちがこぞって狙ってるみたい」
『社交界の花』に、『花の貴公子』ですって? 普通なら女性にむけて謳われそうな言葉なのにお父様もお兄様も両方冠してるなんて、すごいわね。でも、ふたりとも花の顔のような面立ちだからなんだか納得。
それにしても、資産家貴族の五指にのぼるほど、我が家ってすごかったの? 貴族の序列に全然興味ないから知らなかったわ。すっごい金持ちってことよね。ゲームのカレンがあれほど傍若無人だった理由も今なら納得だわ。
私が内心お父様とお兄様に感心している一方で、ミレイアは信じられないことを聞いたとばかり目を大きく見開いている。
「……う、うそ。学園の令嬢の中でわたくしがい、一番のはずよ」
イリアスがそんな彼女に冷めた目線を投げる。
「今後二度と彼女を貶めるような発言はしないでくれ。もしまた同じことがおこったら、ペルトサークの名にかけて、正式に抗議する」
食堂がさらにざわりと騒ぎたった。「イリアス様が庇うなんてどういう関係?」なんて声が次から次に聞こえる。
私も驚きだわ。悪女の味方をしてくれるなんて。でも、イリアスは正義感のある人だから、不当に貶められていたら、口を出さずにはいられない性分よね。それにこの場にはレコもいたし。
間違っていると思ったら、相手がどうであれ、自分の信念を決して曲げないひと。やっぱり素晴らしい人柄なんだあと、場違いにもじーんときてしまった。
不利に傾きつつある空気を察してか、ミレイアが握りしめた拳を震わす。初めてプライドが傷つけられたのかもしれない。それに好きなひとから真正面で対峙されたことも。怒りと羞恥のせいか、その顔が徐々に真っ赤に染まっていく。尖った瞳が私を睨みつける。そのあまりの鋭さに私はたじろいだ。これほど、強い感情を向けられるのは初めてだ。
「あ、あの――」
なにかフォローを思って、声が咄嗟に出るも、ミレイアは無視してくるりと勢いよく踵を返すと、足音荒く去っていく。
「ミレイア様っ!」
取り巻きたちが慌ててあとを追う。
彼女たちがいなくなると、食堂の空気がしーんと静まり返った。
イリアスが私に顔を向ける。
「悪かったな。彼女も一緒に連れてきてしまって」
「い、いえ」
「さあ、食べよう」
「は、はい」
とりあえずはどうすることもできないので、中断していた食事をとることにした。
「――ところで、何故お前がここにいるんだ?」
私の頭を飛び越して、イリアスが鋭い視線を送った。
「どこで食事をとろうと俺の勝手だろ」
周りが騒いでいる中にあって、ひとり黙々と食事を続けていられたのがユーリウスだ。ある意味、その性格がうらやましい。
イリアスがはあと溜め息を吐いて、スプーンをテーブルに置く。
「向こうにいけ」
「あんたこそあっちに行けよ。せっかくやっと一緒にお昼をとれたと思ったら、あんたがなんでここにいるんだよ。昨日まで俺と同じ時間帯だっただろ」
「お前に説明する義理はない」
私の頭上で、ばちばちと火花が散る。これじゃあせっかくの美味しい食事もまずくなってしまう。
お互い引き下がらない空気を感じて、イリアスがはあと息を吐く。
「そういえばお前に聞きたいことがあった。あんな手紙を送ってくるとはどういう了見だ」
「手紙? ――ああ、あの手紙ね」
視線を一旦上に投げたユーリウスが、すぐにピンときたのかにやりと笑う。
「どういう了見って。あの内容そのまんまだけど」
「頭のおかしい冗談に付き合ってる暇はないんだが?」
「――へえ、負けるのが怖いんだ」
「なに?」
「だって、そうだろ。初めから負けるとわかってたら、勝負には出たくないよな」
そのとき、イリアス側の私の右半身が一気に吹雪に吹かれた気がした。
ごごごと効果音を伴って、青い冷気がイリアスごと包みこむ。
「怖がってる人間を相手するほど、俺も酷じゃないよ」
あ、あの、ユーリウスさん。もうやめてあげて。レコが怖がってるわ。ついでに私も。
イリアスがスプーンを持っていた手をとめた。
「そこまで言うなら、相応の覚悟はあるんだろうな。いいだろう、その勝負、受けてやる」
「そうこなくっちゃ。勝負の内容はあとで決めるでいいよな」
「負け惜しみするなよ。俺は遠吠えを聞く趣味はないからな」
負け惜しみって。ユーリウスが負ける前提でイリアスさん、思い切り話してるわね。
でも、なんでこのふたり、勝負なんてするのかしら。話の道筋が見えないわ。ヒロインまだ現れてないのに。
「あんたもね。せいぜいペルトサーク家の名に傷がつかないようにな」
「話は済んだな。もう向こうに行ったらどうだ? お前がいたら、飯が不味くなる」
「なら、明日から時間ずらせば? 俺はこの時間にするから」
「お前こそ元の時間に戻したらどうだ」
「嫌だね。さっきから言ってるよな――」
「ちょっと!」
私はスプーンを持った手で思い切りテーブルを叩いた。
「これじゃあ落ち着いて食事できないわ。これ以上喧嘩するなら、私、場所を移すから。行こ、レコ君」
私が立ち上がろうとすると、ユーリウスが慌てて止めにはいる。
「待って、カレン。もう喧嘩しないよ。だから、行かないで」
私は反対側にも、ちらりと視線をおくる。
「……わかった。もうやめる。だから、隣にいてくれ」
「…………わかったわ」
私がすとんと席に落ち着くと、ふたりは見るからにほっとしたようだった。
ようやく落ち着きを取り戻した食事の席に、さっきまであわあわしていたレコも息を吐いたようだった。あとで、騒がしくしちゃってごめんねって伝えよう。
っていうか、そもそもこのふたりが来なければ、こんなことにならなかったよね。
ユーリウスはわかるけれど。――いけない、またあの時のこと思い出しそうだわ。私は慌てて首を振る。
イリアスが隣に来たのはなんで?
まさか、ユーリウスと同じ理由じゃないわよね。
私はちらりとイリアスを見る。
相変わらず涼しい顔で、その綺麗な横顔は食事をしているときでさえ、一分の隙もない。
こんな氷の鉄壁みたいな人が私を好きになるわけないじゃない。
自分の考えに呆れて、内心首をすくめたのだった。
なぜ、誰も『ドロノア』家のカレンに気づかなかったかというと、カレンは四年間一度もお茶会に出席してないため、その存在を忘れ去られていました。多分、お父様とお兄様の存在感が大きすぎて消し去られていたんだと思います(^_^;)
当時カレンと一緒にお茶会を出席した娘達も、当時と今のカレンがあまりに違うため、気づいていません(笑)
ちなみに、お兄様は幼少期のカレンの接し方でもわかるとおり、恥ずかしがりや(ヘタレとも言う)のツンデレですが、外ではそんなこと微塵も感じさせないクールなお人柄になります。(大事な人ほど思いを伝えられない不器用なお人です。でもカレンのおかげでそれも治ったかもしれません)




