52、告白
数日後、学園の制服に身を包んだハーロルトが登校した。
一度は底辺に身を沈めた彼だったけど、もとはれっきとした貴族の出。エーリックと彼の父が、彼の身元を保証したことで、戸籍も取り戻した。その後貴族院の手続きで、ハーロルトは卒業したら、父親が持っていた伯爵位を継ぐことになった。それまではエーリックの父親がハーロルトの後見人となることも決まった。
「良かったわね」
外はうららかな日が照っている。
今は昼休み。私たちは校舎の入り口から少し外れた建物沿いの中庭に来ていた。落ち着いて話すのにはちょうどいい場所。
途中入学してきたハーロルトは早速注目されて、きゃあきゃあ騒がれたり、好奇心剥き出しの顔でじろじろ見られたりしている。
まあ、そりゃそうよね。貴族の子女が必ず入学する学園に途中から入ってくるなんて、何か特殊な事情があると勘繰られて当然。
それと同じ流れで、二年から編入してくるヒロインも似たような状況だった。
みんなの注目を集めたことも、『カレン』の嫉妬を余計煽ることになった要因を作ったみたいだったけど。
人々の視線を避けて、落ち着いた場所を求めた結果、私たちは今に至るというわけだ。
「制服も良く似合ってる」
エーリックが言うと、ハーロルトがネクタイの襟元をぐいぐいと引っ張る。
「そうか? こんな堅苦しい格好、久々で、窮屈でしかたないんだが」
ちょっとすれた雰囲気のハーロルトだから、きちんとネクタイを結ぶと、確かに違和感がある。
ちょっとだけ崩していたほうが彼には合っているかも。
ネクタイひとつとっても、キャラクターごとに、その着方は様々。
イリアスは彼の性格同様に、きちんと綺麗にネクタイを結んでいる。フェリクスの場合は結び目がほどけそうなくらい、首から垂れ下がっていて、中のシャツも第二釦まではだけていて、堅苦しさとは真逆な格好。ユーリウスに至ってはネクタイさえしてなくて、ちらりと見える首元に赤い石のネックレスをしている。フェリクスと同じ自由な感じだけど、みんながつけるネクタイをしていないところが、型にははまらない別枠って感じ。
目の前にいるエーリックは第一釦だけ開けて、緩く結んでいる。みんなから好かれる、程よい隙があって、中間の着方は誰でも受け入れる心の広さを表しているみたい。
今はちょっとだけ見える喉仏が男らしい。
「そのうち慣れるわよ。生活ががらりと変わるけど、ハーロルトなら学園生活にもすぐ慣れそう」
私とハーロルトは既に呼び捨て合う仲。さっき様をつけて呼んだら、「やめろ、こそばゆい」と顔を顰められてしまった。ハーロルトのほうでは、そもそも様をつける気なんてないのか、最初から私を呼び捨てだ。
「そうそう。さっき呼びにいったら、もう女子に囲われてたしね。学園に慣れるのに、数日もかからないね、きっと」
エーリックがからかうように笑う。残念ながら、ハーロルトとエーリックはクラスが別れてしまったため、エーリックがさっき呼びに行ってくれたのだ。
「ああ? そういうお前はどうなんだよ。お前が来た途端、女たちがきゃーきゃー騒いでたのを見ただろ」
ハーロルトが私に目配せする。
「カレンにも聞かせなかったな。浮気者を彼氏に持つと辛いぞ」
「なっ!?」
エーリックの頬が瞬時に真っ赤になる。
「カレンと俺はそういう仲じゃないって!!」
それから今度はこっちを振り向く。
「それに俺は浮気なんて絶対しないし!」
あの、こっちを見て強調するのやめてくれない? 地味に傷つくんだけど。そりゃあ、悪女と恋人同士と思われるのは心外かもしれないけど。
「そうなのか? 俺はてっきり――。ああ、そういえば、お前にはガブリなんとかっていう幼馴染がいたな。そっちが本命か?」
「ガブリエラとはただの友達だよ」
「へえ、そお?」
エーリックの顔はさっきのやり取りを引きずって、まだほんのりと赤い。ハーロルトがそんなエーリックを探るように見て、何かを悟ったのか、目の奥がちかりと光った。
「なんだよ」
「じゃあ、お前の片想いってわけか。まあ、頑張れよ。陰ながら応援してやるから」
「そんな簡単に言うなよ。勝ち目があったら、俺だって頑張るさ」
「ないのか?」
エーリックがはあと溜め息を吐いた。
「俺が張り合える相手じゃない」
「なんだ、情けないな。それでも男か」
「うるさいな」
エーリックが軽く睨んだところで、ハーロルトがばんっとエーリックの背中を叩いた。
「いてっ!――なにすんだよっ」
「今度は俺がお前の背中を押してやったんだ。気合をこめてな」
ハーロルトがエーリックのほうにだけ、体を向き直らせて、ずいっと顔を近づかせる。
「騎士は敵前逃亡を許されない。負けるとわかってても、己の誇りをかけて、戦うものだ。違うか?」
「そうだけど……」
「なら、これくらいのことで逃げてたら、騎士なんて、夢のまた夢だぞ」
「言うね」
「情けないお前にエールを送ってるんだ」
ハーロルトの顔をじっと眺めていたエーリックがふっと笑う。
「確かに。戦う前から逃げてたら、騎士の風上にも置けないよな」
ハーロルトもにやりと笑う。
「そのいきだ」
ふたりがふっと離れて、エーリックがこっちに向き直る。
一体、さっきから何の話をしているのかしら。
ふたりとも騎士になるから、そのための心構えを改めて心に刻んでたとか?
でも、なんで急にここで?
私が首をひねっていると、エーリックが私の目の前に進み出た。
いつもより、真剣な表情。と思ったら、突然、私の前に跪いた。
「え!?」
私は目を丸くする。慌てふためく私にかまわず、エーリックは私の左手を手に取る。
「――カレン」
「な、なに――?」
どうしていきなり跪いたのかしら。それに見たこともない表情で私を見上げているのは何故!?
エーリックが結んだ唇をすっと開いた。
「君は優しくて、勇気があって、素晴らしい心の持ち主。そして、ひとのために無心で行動できるひと。そんな君だから惹かれたんだ」
エーリックが瞼をとじ、額に私の手を当てる。
「君に俺の剣を捧げるよ」
私が言葉も出せず呆然と立ち竦んでいると、左手を持ったまま立ち上がる。
真剣な表情は少し和らいで、いつもの明るい眼差しの彼に戻りつつあった。
オレンジ色の髪が太陽にあたって、すごく眩しい。
「髪飾りを君にあげたけど、今度は――」
手にとった左手を少しだけ持ち上げて、身を屈める。
「ここにプレゼントさせて」
睫毛を伏せたエーリックの唇が近づいてくるのを、まるでスローモーションのようにゆっくりと感じた。
陽の光を浴びて、一本一本光り輝く、エーリックのオレンジ色の髪。
伏せたまつげは濡れて輝き、鼻先は完璧な線を描いている。男らしい顎の線。
それから――形の良い柔らかそうな、桃色の唇。
その唇が私の左手の薬指に触れた。
その瞬間、私の体は魔法にかかったみたいに固まった。
振り払うことはもちろん、息をするのさえ難しい。
永遠とも思える、唇の柔らかい感触が離れると、エーリックが腰を低くしたまま顔をあげて、私の顔を覗き込む。
茶色い水晶玉のような瞳がきらきらと明るく輝いている。
「ごめん。驚かせちゃった? でも、もう遠慮するのはやめたから」
いたずらっぽくくすりと笑った瞬間、私の脳みそは「ボンッ!!」と音を立てて破裂した。
「これから覚悟して」
笑みを刻んだまま、エーリックが私の左手を優しく離す。
そこで、ハーロルトが「ひゅー」と口笛を吹く。
エーリックはハーロルトのもとに戻ると、ふりかえった。
「ハーロに今から校舎の中を案内することになってるんだ。それじゃ、カレン、またあとでね」
私の心臓を一時停止させたことなど、まるでなかったように振る舞うエーリック。
「じゃあな」
ハーロルトも手を目の横でぴっと振って、くるりと後ろを向いて去っていく。
ふたりが見えなくなったところで、私の口はようやく機能を取り戻した。
「な、な、な、――何が起こったのっ!?」
キスされた左手をかかげで、そのままフリーズする。
キスした! キスした! キスしたわ! 私の指に! しかも左手薬指!
それって、それって、どういう意味!? そういう意味!?
でも、どうして!?
私、悪女よね!? みんなから嫌われている悪女のはずなのに!
冗談でエーリックがこんなことするはずない。
それだけは私にもわかる。
だって攻略対象者にとって、愛を囁く相手はただひとり。軽々しく口にするはずがない。
頭は混乱したまま、今までのエーリックとのやり取りが走馬灯のように駆けめぐる。
もしかして、あれも、これも、それも! ずっとそういう意味だったの!?
信じられない。私は呆然としたまま、穴が空きそうなくらい左手を見つめる。
『君のためにこの剣を捧げるよ』
エーリックがヒロインに、告白する時の台詞。
『君に俺の剣を捧げるよ』
似たような台詞を聞いて、さっきは驚いて固まってしまった。
ヒロインにでも、ガブリエラにでもなく、――私に。
ヒロインへの気持ちを告白するときと同じような台詞なら、エーリックは本心を言ったと思って間違いない。
じゃあ本当に――。
視線が薬指へと集中する。
さっきの出来事が映像となって、自分の頭の中でリプレイされる。
ついでに感触も――。
ボンッ!!
再び私の頭は爆発した。
エーリックが私のことを好き!!
衝撃のあまり、私はふらついた。
そのとき――。
ガッシャン!!!
背後で何かが割れる音がした。
とうとう主人公、自覚しました(☉。☉)!
ひとまずエーリックの回はこれで終了です。次はユーリウスです(^^)/
この作品が面白いと思ってもらえたら、ブックマーク登録や☆マーク、いいねボタン押して頂けたら、励みになります! よろしくおねがいします!




