43、呼び出し
翌朝、教室に足を踏み入れた途端クラスの女子半数以上から睨まれた。
な、何? 何なの?
私はおっかなびっくり自分の席に着く。
「ねえ」
既に登校していた隣の席のエーリックがひそひそ話をするかのように、口に手をあてて呼びかけてくる。
「あ、おはよう、エーリック」
「うん、おはよう」
話し声がいつもより小さい。どうかしたの?
私が首を捻っていると、エーリックが言葉を続ける。
「昨日、公爵家のふたりから助けられた女の子ってカレン?」
私はきょとんとする。そのことと声をひそめるのと何か関係あるの? とりあえず頷く。
「そうだけど」
「やっぱ、そうなんだ」
「なに? それがどうかしたの?」
「すごい噂になってるよ」
「ええ?!」
「公爵家のあのふたりがふたりして助けに入ったって、みんな驚いてる。特に助けられたカレンに注目がいってるみたい。どんな関係なのかとか。人気者のふたりだから、助けられた女の子が羨ましいって、女子は大騒ぎだよ」
合点がいった。だから、この女子の視線なのね。ただの偶然だし、そもそも悪役のカレンを羨ましがること自体、間違ってるわよ。
「ちょっと妬みも入ってるみたいだから、気をつけて」
エーリックがちらりと女子の集団を見て、忠告してくる。
「わかったわ。ありがとう、教えてくれて」
エーリックが口元に当てていた手をおろした。
どうしてだか、いつもの明るい雰囲気を消している。
「あのふたりとは知り合い?」
「そ、そうね。子供の時からのちょっとした知り合いなの」
嘘ではない。ユーリウスに関しては真実だし、イリアスに至っては全ての事実を話していないだけ。
「そうなんだ……」
エーリックがちょっと気落ちしたように呟く。
ん? なんか私落ち込むようなこと言ったっけ?
「相手は公爵家か。ちょっと勝ち目ないかな」
え? 剣の話? なんで急に試合の話になったのかしら。あのふたりと勝負したいの? よくわからないけど、エーリックなら大丈夫よ。騎士を目指して子供の時から頑張っているもの。相手が公爵家だろうとなんだろうと、負けないでほしいわ。
元気づけようと思ったのに、もう話を切り上げたのか、エーリックが体を前に向けたので話すことはできなかった。
まあ、私が励まさなくても、ヒロインいるものね。エーリックの夢が叶うことを心から信じ、応援するのはヒロインの役目。
夢が叶うことを微塵も疑わないヒロインの真っ直ぐさにエーリックも背中を押されて、惹かれていくのよね。自分を信じてくれるのって、嬉しいし心強いもの。
懐かしくて気分に浸っていると、視線をばちばちと感じた。
うわ、あのクスクス笑いの二人組だわ。こちらを思い切り睨んでいる。
面倒なことにならなきゃいいけど。だけど、私の悪い予感はその日のうちに見事当たってしまった。
二時限目の移動教室から帰るときだった。
「ちょっと」
険のある声で話しかけられ、私は振り返る。
うわ、クスクス二人組だわ。
「なに?」
「あなたに話があるのよ。来てくれない?」
ええ? イヤ。
でも、ここで断ったら後々までずっと突っかかってくるかもしれないわね。
あのふたりには偶然助けられただけで勘ぐるような仲ではありませんと、今誤解を解いておいたほうが良いわよね。
「わかったわ」
私が頷くと、ふたりが背を向けて歩きだす。ついて来いってことね。私はふたりのあとをおとなしく付いていく。
案内された場所は校舎裏だった。
人気のない場所を進んで、角を曲がった先に女子が数人固まっていた。
その中にミレイアの姿があった。そういえば、クスクス二人組、ミレイアの取り巻きだったわね。
「来たわね」
開口一番、挑戦的な目で顎を突きだされた。
腰に手を当てて、私を上から下までじろじろと見つめてくる。検分が終わったのか、「はっ」と鼻で笑った。
「こんななんでもない女を、イリアス様が助けたですって」
「あの、それについては誤解を解きたくて――」
「だまらっしゃい」
ミレイアの眉がきりりとつり上がる。
「ミレイア様がまだ話してるでしょう」
「これだから、立場を弁えない人間は。礼儀も知らないのね」
「本当、階級が低いわ」
周りを囲む取り巻きが、口々と言い始める。
なんなのよ、あんたたち。ちょっと怒るわよ。
ああ、でもいけない。カレンのこの悪人顔で怒ったりなんかしたら、今は意気がってるこの人たちも恐れをなして、尻尾を巻いて逃げちゃうかも。
そうなったら、本性を現したなって言われて、悪女のレッテルを貼られてしまうわね。
私はヒロインみたいに人畜無害に振る舞わなきゃ。最悪、他のライバル令嬢みたいに、謹慎処分とか田舎に蟄居とか、平穏無事な未来を目指してるんだから、今は怒っちゃ駄目よ。我慢、我慢。
「あなた。もちろん自分の立場を心得ているわよね」
ミレイアの目が細くなる。
「立場ってどういうこと?」
「つまり、ちょっと助けられたくらいで、誤解しちゃ駄目ってことよ。あなたなんかがイリアス様にもしかしたら相手にされるかも、なんて」
「もちろん、ユーリウス様もね」
取り巻きたちが言葉を足す。
そんなことただの一度も思ったことなんて、ないのに。別の意味で相手にされるかもしれないけど。剣の錆にはされたくないわ。ぶるるる。
震えだした私を見て、ミレイアが満足気にふんと鼻で笑う。
「とにかく、イリアス様に近づかないでちょうだい。イリアス様に相応しいのは、学園で十指の財力を誇る家柄のわたくし、ミレイア・ジルヴェーズなのよ。わかったわね」
私はとりあえずこくんと頷く。
「行きましょう」
もう用はないとばかり、ツンとすまして去っていく。取り巻きたちもぞろぞろとあとに続いていく。クスクス二人組も、フフンと笑いながら去っていく。
ひとり取り残された私は脱力するしかない。
「何なの。これ。勘違いもすっごくいい迷惑なんだけど」
ちょっとむしゃくしゃして、地団駄を踏む。
「悪女じゃなくて、ヒロインに言いなさいよー!」
私の叫びは誰の耳に届くこともなく、校舎裏に虚しく消えたのだった。




