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39、翌日②

その日の授業も終わり、帰り支度を終え正門に向かっていた私は、フェリクスに呼び止められた。


「カレンさん!」


「フェリクス様?」


「ああ、良かった。間に合って」


はあはあと息を切らしている。どうやら走ってきたらしい。


「そんなに急いでどうしたの?」


「いや、連中に朝からまとわりつかれてたんだけど、ようやく今、追い払ったところ。本当は朝から話しかけたかったんだけど、ぴったり離れなくてさ」


ちょっとうんざりしたように息を吐く。いつも女の子を侍らしていたフェリクスを知っているだけにちょっと可笑しくなる。


「ふふっ。一躍、時の人だもんね。人気者の宿命ね」


ちょっとからかい口調で言えば、フェリクスが真面目な顔つきになる。


「いや、今回のことは全てカレンさんのお陰だよ。本来ならみんなにちやほやされるのはカレンさんだったんだ」


「わたしなんて、何もしてないわ」


私は首を振る。何もしていない私が我が物顔で、「悪党を退治できたのはこの私のお陰よ。おーほっほっほ」なんて言えば、冷たい反応しか返ってこないわよ。なに人の手柄、横取りしてんだと、石礫が飛んでくること間違いなし。あのとき、アンナが真実を言ってくれて良かったわ。気づかないまま、みんなに言ってたら、イリアスからもフェリクスからも嫌われて悪女に相応しい末路が待っていたかもしれない。

ああ、恐ろしい。


「戦ったのは、フェリクス様たちよ。だから、手柄はフェリクス様とイリアス様のふたりのもの。気にしないで」


「ど_までけ_きょな_だよ。そ_上、_けんな場所にひ_りで_り込むほどだ_たんだし」


フェリクスが目元に手を当て、上を向きながらぶつくさ言う。


「フェリクス様?」


私が首を傾げると、フェリクスがぱっとこっちを見た。


「やめて、様なんて。フェリクスでいい」


「え、でも――」


「弟の命の恩人に様なんてつけて呼ばすなんて、俺がイヤなんだ」


「恩人なんかじゃないって言ってるのに」


「いいや、君は恩人だよ」


真剣な表情で見下ろしてくる。本当に、攻略対象者って義理堅いのね。自分の手柄を自分だけのものにしないなんて、本当に心が広いわね。


「とにかくイヤなものはイヤだ。フェリクスって呼んで」


上からの圧に押されて、私は渋々頷く。


「わ、わかった」


まあ、そのほうが呼びやすいし、そこまで言うなら。


「良かった。じゃあ、俺もカレンって呼び捨てでかまわないよね」


なにが、じゃあなのかわからないが、まるでそれがさも当然のように言われてしまったので、頷くほかなかった。


「え、ええ――」


「良かった。――嬉しいよ、カレン」


フェリクスが私の名を呼びながら蠱惑的な笑みを作る。もともと色気のあるフェリクスがそんな表情を浮かべると、怪しさ満点。

もしここがふたりっきりの教室だったら、流されそうになったかもしれない。けれど、生憎私は悪女。自分の立場はちゃんと弁えております。

恥ずかしくなってもじもじするような性格でも、躊躇いながらも目で答えるような小悪魔でもありませんから! 悪女相手でも無意識に色気を振りまく攻略対象者が恐ろしいわ、まったく。


「それで、呼び止めてどうしたの?」


「――……ああ。昨日のお礼をちゃんと言いたかったのと、弟が君にまた会いたがってて」


「アルバート様が?」


「アルだけじゃなくて、父さんと母さんもなんだけど」


「どうして?」


「どうしてって。――本当鈍いな」


フェリクスがぽつりと呟く。


「アルを攫った連中を見つけてくれたから、是非お礼が言いたいってさ」


「そんないいのに」


「俺たちが数日間必死で探して痕跡さえ見つけられなかったものを君は簡単に見つけてくれた。カレンがいなかったら、もしかしたら一生アルを見つけられなかったかもしれない」


まあ、ゲームの知識があったからね。普通に見れば、私が見つけたように見えるのかもしれない。でも本当に、私は何もしてないんだけど。

でも、フェリクスのご両親の気持ちを考えると無視もできない。


「わかった。じゃあ、お茶だけ軽く飲みに行かせてもらっていい? 堅苦しいのは好きじゃないの」


フェリクスが顔を綻ばせた。


「ありがとう。みんな喜ぶよ」


「あ、でも一ヶ月は外出禁止なの。昨日のことで。明けたすぐの休みは用事があるから、その次の休みでもかまわない?」


「りょーかい。いつでもかまわないよ、来てくれるなら。あ、でもやっぱり早いほうがいいかな。昨日からアルにカレンのこと聞かれっぱなしなんだ」


「ふふ。私も楽しみにしてるって伝えておいて」


あんな天使みたいな子にもう一度会えると思うと、私も嬉しい。


「伝えておくよ。あ、帰るとこ邪魔して悪かった。それじゃ、また」


「うん、さよなら」


フェリクスが手を振って、校舎の方へ戻っていく。私はそれを見送って、正門へと向きを変えようとしたけど、ある人影が目に入って動きを止めた。

女の子がこっちを見ていた。

ベージュ色の長い髪。ふわふわの柔らかいカール。切れ長だけど愛らしい目元。可愛いというより、綺麗めな女の子。特徴的な膝丈の白い靴下。

見たことあるわ! 確か、フェリクスの婚約者でヒロインのライバル令嬢『オリビア・フレーリン』よ。

私は瞠目して、オリビアを見つめる。

オリビアはこちらをじっと見据えて、口を開ける。


「ど_して。私すらまだ__捨てでも、アル___まにあっ__とさえ_いのに」


何か言ったようだけど、生憎距離があって上手く聞き取れなかった。

彼女は悔しげに口元を引き結ぶと、ぱっと踵を返して、離れていく。


「一体、何?」


私、何かした? ちょっとフェリクスと話してただけよね。一日中、生徒たちがフェリクスにへばりついていたから、フェリクスと話せなくて機嫌悪いのかしら。今、私とも話してたし。

せっかくひとりになったところを、私が機会を奪ってしまったから、悔しかったのね。

人気者を婚約者に持つと辛いわね。

私は別の意味で辛いけど。

私はうんうんと頷いて、ひとり帰路についたのだった。



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