34、事件発生
悪い知らせがもたらされたのは、お茶会の前日。
イリアスに呼び止められた私は廊下で振り返った。
「明日のお茶会だが、行けなくなった。すまない」
そう告げたときのイリアスの暗く沈んだ眼差しに、私の胸はざわざわした。
「私は構いませんけど、何かあったんですか?」
「ああ。フェリクスの弟が行方不明になった」
「え?!」
「いなくなってから、数日経つ。フェリクスはその間、出席していない。今日もあちこち探しているだろう。俺も明日あいつの領地に行って、何かできないか聞いて、一緒に探してくるつもりだ」
「そうですか……」
ゲーム通りになってしまった。
私は居たたまれない気持ちになる。
「心配ですね……。無事に見つかりますように――」
ゲームでは何の成果もでなかった。けれど、それがわかっていたとしても、希望を口にしてしまうのは、人としての当然の性だろう。
「ああ。頑張って探してくる」
「はい。お気をつけて――」
もうこれで話は終わりかと思ったが、イリアスがその場を立ち去らず、言葉にしようかどうか躊躇っている気配を見せた。
「どうかしました?」
「その、三日前、どうしてあんなことを言ったんだ?」
「それは……」
アルバートに一度も会ったことのない人間が、あんなことを口走ったら、変に思って当然。気にするなと言うほうが無理だろう。
でも、ゲームで知っていたなんて言えない。
私が黙っていると、イリアスが逆に口を開いた。
「アルバートがいなくなったことと、お前は何か、関係しているのか?」
「まさかっ!!」
私は勢いよく顔を上げる。そんなこと万が一にもない。でも、私は悪女。その事実が私の枷になる。信じてほしい気持ちが懇願にも近い表情を作っていたのかもしれない。私の顔をしばらくじっと見ていたイリアスが、表情を柔らかくほぐす。
「そうか。それならいいんだ」
信じてくれた?
悪女の言葉なのに?
私は茫然とイリアスを見上げる。
「お前のその表情を見れば、嘘かどうかくらいわかる。お前くらいわかりやすい人間いないだろう? 一体何年、婚約者してると思ってるんだ」
また『婚約者』って言葉が出たわ。
私は呆けたように、いつもより柔らかな表情のイリアスを眺める。
「それじゃ。もう行く」
静かな口調で言うと、イリアスは去っていった。
なんだか、まだ夢を見ているみたい。イリアスが私のこと信じてくれたなんて。
去っていく後ろ姿をぽかんと眺める。ありえないことが起こったせいか、こんな状況なのに相変わらず姿勢が良いなと変なことに目がいってしまう。
そんなことよりアルバートの心配よね。私ははっと正気に戻る。
今頃、フェリクスや両親の心痛はどれほどだろう。
何より攫われた本人の恐怖を思うと、胸が痛い。
そう、アルバートは攫われたのだ。
事件を解決して、真実は初めて明かされる。
私は拳をぎゅっと握った。
許さない、犯人め!!
まだ幼い少年を私利私欲のために攫い、あまつさえ捜索の手を逃れるために、もうひとりの少年の命を奪った卑劣なやり方!
ヒロインが助けに入る二年後など待っていられるか。
グッドエンドをなくすことになるかもしれないけど、どうか許して。それに恋に落ちる相手とはどうやったって恋に落ちるものよ。障害があろうとなかろうと。ヒロインなら大丈夫でしょ。
私はイリアスとは反対のほうにくるりと向きを変えた。
廊下を歩きながら、拳を固める。
待ってなさい!! この悪役中の悪役、カレン・ドロノアが、本気をだしたらどうなるか――。
あんたたちなんか、私の足元にひれ伏させてやるわ!
眼前を睨み据えながら、私は足音荒く進んでいったのだった。




