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2、転生

目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。

天蓋付きのベットに、暖かく柔らかな布団。


「ここ、どこ……?」


起きながら、頭を押さえる。その時、はらりと滑らかな黒髪が視界に入った。

瞬時にはっとする。


「そういえば、私、頭から血を流してたんじゃあ」


最後に見た事故の断片が蘇り、両手で頭をまさぐる。


「なんとも――ない?」


後頭部がずきずきと痛む感じはするが、血が出ている様子はない。

それに体も平気だ。

思い返せば、すごい衝撃だった。

あれ程の事故にあったのだから、骨折くらいしていてもおかしくないが、どこも痛くない。

両手を広げて見下ろしたところで、頭を傾げる。


「なんか、手小さくなってない?」


桜貝のような可愛らしい爪に、陶磁器のようにすべすべな小さな指先。

疑問符が頭の中で駆け巡ったところで、扉が開かれた。


「カ、カレン様、お目覚めになられたのですね」


見れば、お盆を抱えたメイド姿の少女が目を見開いてこちらを見ている。


「確かに私は花蓮だけど――」


どうして初対面のあなたが知ってるの?と、口に出そうとしたところで、『アンナ』という単語が突如頭の中に浮かんだ。

何故か眼の前の少女の名前だと、感覚が告げている。


「ア、アンナ?」


呆然と呟けば、アンナと呼ばれた少女はにっこり笑った。


「はい、カレン様」


そばかすが散った茶色の髪のアンナがこちらにやってくる。笑うと目尻が下がって、優しそうな感じがする。


「布と冷水をご用意してきました。打った頭は大丈夫ですか?」


ここにこうしていることも、見ず知らずの他人が親しげに近寄って来ることもわけがわからなくて、私は相手の言葉を鸚鵡返しにするしかなかった。


「打った?」


「はい。覚えていらっしゃいませんか? 町に出た折に、辻馬車の馬が暴れて、カレン様に向かって突進してきたんです。それに驚いたカレン様が転んで頭を打ったんです」


聞いているうちに、その時の様子が頭に蘇る。

な、なんで? 見たこともない景色が勝手に浮かびあがるの?

私が混乱しかけていると、アンナが心配そうに覗き込む。


「恐ろしかったですよね。打った場所に当てさせてください。冷やしますから」


布を差し伸べるアンナにむけて、とりあえず口を開く。


「あ、ありがとう」


するとアンナが息を呑んだ。


「申し訳ありません!!」


勢いよく頭を下げる。


「は?」


「何かご不快なことがありましたでしょうか? 直しますので、どうか、どうか、お怒りをお鎮めを!!」


「ちょっ、なに言って」


一体どうしたの。お礼を言っただけでしょ?

茫然と見下ろしている間にも、アンナの体が震えている。

その時、またもや記憶の断片が私の頭の中に突然浮かび上がった。


『ちょっと何してるのよ!!』

誰かの耳障りな金切り声。声は自分から発せられたかのように頭に響く。

『申し訳ありません!』

こちらに向かって頭を下げるアンナの姿――。


また違う場面が蘇った。


『こんなお茶、不味くて飲めないわ! 下げて!』

小さく細い腕がソーサーごとティーカップをアンナにぶつける。

真っ白なエプロンが茶色く汚れ、うなだれるアンナの姿。

ほかにも、この幼子の声を持った小さな悪魔みたいな子に、――視界に映る目線の高さや手の小ささからそう判じられる。まるで乗り移ったかのようだ――頭を下げ謝るアンナやほかのメイド姿の人が走馬灯のように駆け巡った。

使用人らしき人々を苛める数々の場面が過ぎ去れば、一気にそれ以外の場面が雪崩のように押し寄せてきた。

それらは全て、この『少女』の記憶だ。


そう、今私の意識が入り込んでいる、『この体』の持ち主の――。


私は蒼白になりながら、改めて、自分の手のひらを広げて眺めおろす。


ふらりと目眩が起きて、頭を押さえた。


「大丈夫ですか?! カレン様っ」


体を傾げた私に、アンナが肩を押さえる。


「ア、アンナ、か、鏡を持ってきてくれる?」


「で、でも――」


「お願い……」


はあはあと息を乱しながら真剣に見上げれば、アンナも戸惑いながらも鏡台の引き出しから、手鏡を取り出してくれた。

取っ手を持ち、私の方へと鏡を向ける。

私は目を見開いて、目の前に映し出された顔を見た。

恐る恐る頬に手をやる。

すると、鏡の中の少女も同じ動きをした。


闇を閉じ込めたような艷やかに光る黒髪。人形のような温かみのない白い頬。赤い血を滴らせたような唇。常夜を象徴するかのような紫の瞳。

幾分成長した姿が重なり、フラッシュバックした。


『煌めきのレイマリート学園物語』


通称『きらレイ』――乙女ゲームの中の悪役、カレン・ドロノア。

頭の中に浮かび上がった『自分』の、いや正確には『この少女』の記憶が、彼女だと告げていた。

私はあまりの衝撃に、もう一度、倒れ込むように気を失った。



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