17、二度目の春
今日はイリアスとのお茶会の日。
もう何度目かを数えるのはやめてしまった。
イリアスとは順調な友好関係を築けていると思う。仔犬たちの成長を一緒に見守りながら、お喋りも以前には考えられなかったけど、たまに弾むようになった。イリアスが愛犬家のおかげで犬のパワーに大分助けられているかもしれないけど。会話を楽しんでいるのは、独りよがりではないと信じたい。
仔犬たちは今、元気に庭を走り回っている。
ペルトサーク公爵家ほどではないけれど、我が侯爵家も充分広い。あちらの世界の一般住宅が、三、四軒は入りそうだ。
「レオンを連れてきてくれてありがとうございます」
「ああ」
ハナとその子どもたちに混じって、ペルトサーク家の愛犬レオンも一緒に遊んでいる。
せっかくなら沢山いたほうが楽しいから、連れてきてほしいとお願いしたのだった。
「すっかり仲良くなりましたね」
レオンとハナたちが戯れている様子を見て、ふふふと笑う。
カレンに憑依してから、一年が経とうとしていた。
寒さもすっかり弱まり、今日は暖かな陽気だ。
嬉しくて微笑んでいると、視線を感じた。
横を向けば、イリアスがこちらをじっと見つめている。何気なく見ているだけだろうけど、攻略対象者だけあって、その目力に戸惑う。
攻略対象者は自分の顔の良さを自覚するべきよね。
「どうしました」
「べつに」
視線が合った途端目を反らされてしまった。
私は首を傾げたけど、追求はしなかった。
相変わらず返事は素っ気ないけど、前に比べると大分目を合わしてくれるようになったからだ。
そういった些細な変化は嬉しい。『関わりたくない』から『こいつとは少しだけ仲良くなってもいいかも』ぐらいにはステータスがアップしていてほしい。じゃないと、冤罪の罪をかぶらせられた時に庇ってくれないかもしれないし。
「ほら、行くよー」
私は気分を変えて、犬たちと遊ぶことにした。
今は棒を投げて、犬たちが持ってくる遊びをしている。
ハナとレオンは投げた棒をちゃんと持ってくる賢さはあるけれど、仔犬たちはそうはいかない。
先を競うようにして棒を追いかけるが、そのあとは棒をおもちゃにしてガツガツ噛んだり、互いに奪いあったりして、ちっとも持ってこようとしない。
「あー、またー」
私は棒の主導権が仔犬たちに渡ったところを見て、取り返すべく仔犬たちの方へ向かっていった。
そうすると、追いかけっこと勘違いした仔犬たちが棒を咥えて走り出す。
さっきからこれを何度も繰り返している。
「こら、待ちなさい!」
ようやく追いついたところで、今度は棒の取り合いっこである。なかなか離そうとしない仔犬と、力づくで引っ張る私。
棒を取り返した私は勢いに押されて、地面に転んでしまった。
そこにまた棒を取り返そうとする仔犬やら、私の上にかぶさってきて戯れる仔犬たちのおかげで私はなかなか起き上がれない。
顔を舐め回す仔犬がくすぐったくて、私は悲鳴をあげる。
そうこうしてるうちに、イリアスが近付いて助け起こしてくれた。
「全く、何してるんだ」
「ありがとう――」
手を握って起き上がると、イリアスの顔が間近にあった。
お互い思いの外、顔が近くにあったせいで、驚いてしばらく静止する。
イリアスの目は物凄く綺麗だった。
見つめたのはほんの一瞬。イリアスがぱっと手を離して、顔を背けた。
その急な動作にちょっとショックを受ける。
イリアスの綺麗なお顔とちがって、カレンは悪人顔。そりゃあ、見てて気持ちの良いものじゃないかもしれないけど、そこまで拒絶する? 怒りで耳が赤くなるほど?
これは友達になるにはまだまだほど遠いわと、私は残念な気持ちになる。
気を取り直して、棒を掴みなおす。
「ほら、今度はちゃんと持ってくるんだよ。行くよ、それ!」
棒を勢いよく宙に投げる。
今度はレオンが他の犬より先にキャッチして、こちらに向かってくる。
私は膝をついて、レオンを迎えた。ご褒美にふさふさの毛を撫で回す。
「ふふ。お利口だね。やっぱりイリアス様と同じで、外見だけじゃなく中身もお利口さんで、かっこいいのねー」
「なっ」
驚いた声があがったので、私は顔をあげる。
イリアスが顔を赤くしてこちらを見ている。
普段褒め慣れているはずのイリアスだから、まさかこんな褒め言葉で顔を赤くするはずないだろう。
私ははっとした。
今の言い方、犬相手だったから軽い口調になってしまったけど、イリアスから見たら犬と同列に扱われて馬鹿にしてると思ったのかな。
怒ったのかしら。
私は真剣な表情で、イリアスに向き合う。
「ごめんなさい! イリアス様のほうが百倍頭が良くて、百倍格好いいのに。私ったら、軽率でしたね」
イリアスが更に真っ赤になって、顔に手をあてる。
「ちょっと待て――」
やばい。火に油を注いだ!?
「ごめんなさい! イリアス様の気持ちも考えず、好き勝手言ってしまいました! 嫌でしたよね。これからは気をつけます」
ちらりと伺うと、手で覆われていない片側の顔だけ見えた。
顔は赤いままなのは変わらなかったけど、途中からちょっと口が不機嫌に曲がった。
こうしていると好感度マックスの時、ヒロインにからかわれて何か言いたそうに睨むイリアスにどことなく似ている。私が悪役じゃなかったら、間違いなく誤解しちゃうところだったかも。
これは間違いなく怒ってる表情だわ。
私はあわあわと内心慌てた。
「本当、さっき言ったこと、取り消します! 全部忘れてください!」
不機嫌そうに曲がった口はなかなか直らない。それよりますます悪化した気がする。
これ以上、怒ったイリアスと向き合っているのが恐ろしくて、私はごまかすことにした。
「ほ、ほら。行くよー。ハナ、レオン」
犬たちを相手に、再び棒を投げる。
棒は空中に見事な放物線を描いた。ハナたちがあとを追って駆けていく。
棒が地面に落ちると、仔犬たちの取り合いっこになった。
「もう! またー」
私は仔犬たちに向かって駆け出した。そのとき――
「__じゃなかった。わす__い」
小さな呟きが耳に届いた気がした。駆け出し始めた足音に混じっていたから、気の所為だったかもしれない。意識するよりも先に、犬たちのほうに気をとられ、私は足を止めなかった。
「こらー返しなさい!」
仔犬たちが私から逃げようと駆け出し始める。
春を感じさせる穏やかな風が後ろから吹いてくる。
カレンに憑依してから、二度目の春が始まりを告げた気がした。




