14、友達宣言
十一回目のお茶会に向け、馬車はペルトサーク公爵家へと向かっていく。
私は緊張した面持ちで、片手に持ったものを握りしめる。
私は今、イリアスの好感度に関わる重大な局面を迎えようとしていた。
立派な門を通り過ぎ、屋敷の前に行き着く。
待っていたイリアスともうひとつの影を認める。私は覚悟を決めて、馬車から飛び降りた。
「こんにちは! イリアス様! それから――わあっ!」
片手に持っていたものを差し出す前に、イリアスの隣にいた影が飛びかかってきた。
「え、ちょ、ちょっと待って!」
いきなりだったため、防御の姿勢もとれずに地面に押し倒される。
「こら、レオン。やめろ」
イリアスが静止の声をかけるも、黒い影、いやペルトサーク家の愛犬レオンは私の上ではあはあと荒い息を吐いて、私が持ってきたものに夢中である。
私が手に持っているものは骨付き肉。
レオンは主人であるイリアスの声も耳に入らない様子で尻尾をぶんぶん振り回して、肉にかぶりついてくる。
のしかかられているから、状況は掴みづらいけど、喜んでいるのだけはわかった。
「気に入ってくれたみたいですね……」
私は地面に横たわったまま、イリアスを見上げる。
「仲直り作戦、成功です」
私は笑いながら、Vサインを送る。
イリアスが目を丸くした。そして、なにを思ったか急に声に出して笑い始めた。
な、なに?! 何がおこったの?! 顔をこんなくしゃくして笑う姿、ゲームでも見たことないわ!
目のまえの光景が信じられなくて、私は思わず地面の上から凝視する。
「ふはは。まさか、そのためにこの前、レオンの好物を訊いてきたのか?」
前回のお茶会の帰りに、レオンの好物を聞いておいた。初対面のときにあまりにも申し訳ない態度をとってしまったから――カレンがだけど――、仲直りしたいと思ったのだ。
「まさか剥き出しで、そのまま持ってくるなんて思ってもみなかったな」
笑いをおさめたはずのイリアスの顔が普段より柔らかく見えた。
攻略対象者の笑顔って、やっぱり最強ね。
大型犬にのしかかられて、重くて痛いはずなのに、なんだがずっと見ていたい気持ちになる。
それも普段愛想のないイリアスなら尚更。
じっと見上げてくる視線に気づいて、イリアスが笑いをおさめた。
「ほら、手、かせ」
イリアスが私に向かって、手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
私は手をとって、のたのたと起き上がる。
起き上がると、イリアスがもう済んだとばかり、掴んでいた手をぱっと放した。見上げれば、さっきの笑った彼はどこにもいなくて、いつもの冷静沈着な彼に戻っていた。
「なんだ?」
視線に気づいて、イリアスがすっと横目で私を見る。
「いえ……」
「なんだ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「……ただ、もっと笑えばいいのになって思っただけで」
「なに?」
イリアスが訝しげに眉を寄せる。
イリアスが今、何を考えたのか伝わってくる。
面白くもないのに、毎日そんなに笑っていられるか、って思ってそう。
「イリアス様が笑ったら、なんだかすごく嬉しくなったんです」
「なに」
「心の中が暖かくなったような。一緒にいるひとが笑顔だど、こっちも楽しい気分になりますよね」
「なにを言ってる――」
「あの――私たち、友達になりませんか!?」
私が勢いよく詰め寄れば、驚いたのかイリアスが半歩後ろに退いた。
「おい――」
「私のこと婚約者に見れないことはわかってます。でも、月に一度必ず会うことになってるなら、せめて友達になりませんか?」
仰け反りながらも、イリアスの目が丸くなった。
「友達に会うんだと思ったらお茶会も楽しく思えると思うんです。だからさっきみたいに笑ってください」
私は詰め寄るのをやめ、姿勢を正した。
「もしこれから先、イリアス様に好きなひとができたら、私、応援しますから。友達として。だから、楽しいことがあったらもっと笑ってください。私も楽しくなるし、私もたくさん笑って、イリアス様を楽しませますから」
言葉通り私が口を大きくして笑えば、私をまじまじと見つめ微動だにしなかったイリアスが口を開く。
「楽しくもないのに、笑えない。――馬鹿なやつ」
ちょっと呆れたように嘆息する。
「うっ。確かに私は馬鹿でトロいかもしれせんが……」
やっぱり駄目か。私はがっくりとして肩を落とした。
友達宣言しておけば、ヒロインが苛められても、真っ先に疑われることはないかなと思ったんだけど。
他のライバル令嬢と同じように恋愛感情は持たれなくても友達くらいには思ってくれたらいいと思ったんだけどな。悪役中の悪役じゃあ、ライバル令嬢と同じボーダーラインにさえ立てないのね。
私がしょげていると、くすりと笑う声がした。
「でも、その馬鹿でトロいおかげで、今日は笑えたな」
私は耳を疑って顔をあげると、目元を和らげたイリアスの顔があった。
え? 笑ってる? わかりやすく歯を見せて笑ってはいないけど、いつもの鉄仮面みたいな表情と比べたら笑ってる気がしないでもない。
私は思わず目をごしごしこする。
「ほら、レオン行くぞ」
いつまでも骨付き肉にかぶりついているレオンに向かって、ヒュッと短く口笛を吹く。
「ワフッ」と返事をして、レオンがイリアスのあとについていく。
「ほら、お前もはいらないのか」
いつまでも突っ立っている私を、開いてる扉の前で振り向く。いつもなら黙ってどんどん先をいってしまうイリアスがその時初めて振り向いてくれた気がした。だからだろうか、その口調もいつもより柔らかく聞こえた気がした。
「あっ、待ってください!」
私ははっと我に帰り、慌ててひとりと一匹のあとを追いかける。
私が扉を通り抜けざま、軽やかな夏の風も一緒に入り込んだ気がした。




