11、占いの館
今日はこの世界に来てからのお茶会以外の初めての外出。
カレンは毎週のように出掛けて、ドレスや靴、宝石などを新調していたから、出掛けたいと告げたら理由も特に聞かれずにすんなり出発の準備が整った。
馬車に乗って二十分ほどの距離で、カレン行きつけのお店に到着する。
私はお店の扉の前で、振り返る。
「アンナ、私が服を選んでいる間、退屈でしょ。だから、この前、行きたいって言ってたカフェでお茶でもしてきたら?」
後ろについてきたアンナが目を輝かせる。
「いいんですか?」
「勿論。よく働いてるご褒美よ。たまにはゆっくりしてちょうだい」
「ありがとうございます! メイド仲間があそこのケーキがすっごく美味しかったって言ってたから私も行きたかったんですよね。そうだ、カレン様にもお土産買ってきますね」
「うん。ありがとう」
私はアンナと手を振ってお店の前で別れる。アンナが人混みに紛れて見えなくなれば、私の口元が自然に綻んだ。
よし、うまくいったわ。
今日は街を探索するのが目的よ。
せっかく『きらレイ』の世界に来たんだもの、ゲームで見た景色を実際生で見て楽しまなくちゃ。
ゲームでは、カラフルな町並みや人々が陽気に闊歩する様子が描かれていた。
プレイヤーは学校が終わると放課後、街に立ち寄るか真っ直ぐ帰るか選択肢が選べる。立ち寄るを選択すると、街で攻略対象者との出会いがランダムに発生したり、昔お世話になっていたマルシェの女主人が出てきて、新しくできたショップ情報やデートスポットを教えてくれたりするのだ。
それによって、攻略対象者たちと仲良くなったり、おしゃれに磨きがかかったりと、色々楽しめる仕組みだ。
私はスカートをひらりと揺らして、ショーウィンドウに写った自分の姿を眺める。
うん、これなら貴族だって思われないよね。
今日もお茶会の時と同じく、ワンピース姿の軽装だ。というか、最近はこういったものしか着ていない。
カレンはすでに洋服も靴も装飾品もあまりあるほど持っているけど、どれも私の趣味じゃなかった。なので、動きやすく軽装な服を数着ほど揃えてもらった。軽装な服と言っても生地は上質だし、所々の装飾も凝っている。見る人が見れば、決して庶民が手を出せる金額の服ではないとわかるだろう。なんせ一点ものだし。
お父様にお金を出させるのは忍びなかったけど、それでもカレンが今まで散財していた額にくらべれば、雀の涙らしい。
これからは節約に努めるし、――というか散財してたのは『カレン』だけど――必要のない装飾品は全部売り払うつもりだから、お父様もお兄様も少しは楽になるといいんだけど、というのが私の願い。もうそんなに頑張って働かなくても大丈夫だということを示したい。
ちょっとお洒落な都会風の少女の出で立ちになった私は早速街を見て回った。十二歳の貴族の娘がひとりで出歩いているなんて誰も思わないのか、違和感なく街に溶け込む。
街並みはゲームで見た雰囲気そのままに、地面は明るい煉瓦で敷き詰められ、建物は色とりどりだけど、全体的によく調和している。
お店は開放的に開かれ、花やガラス細工、アクセサリー、帽子などが路面から見渡せる。その通りを人々が足取り軽く闊歩していく。
「本当に見たまんまだわ!」
画面上にしか存在しなかった世界が、今、現実として目の前にあることに興奮する。
ヒロインは王都育ちだけあって、この街に馴染み深い。貴族出身とわかってからは男爵の屋敷に引き取られるけど、その前まではここに暮らしていたはず。いや、現実進行形だから、まだ暮らしているのか。
「そういえば、占いの館ってどこにあるのかな?」
寄り道を選択すると、さらにいくつかの項目が現れる。その中のひとつ、『裏通りへ』を選択すると、占いの館に行けるのだ。
占いの館では、占い師の女のひとがいて、攻略対象者の情報や親密具合いを教えてくれたり、秘密のアイテムを入手できたりする。ゲームの中だったからすんなり受け入れたけど、現実の今となっては、本当にそんなお店があるのかどうか怪しい。だってこの世界でも、占いは向こうの世界と同じくらい信憑性が薄く、本気で信じているひとは稀だ。それに秘密のアイテムのような、非現実的なものもない。
そう思うと、本当に存在しているのか確かめたくなった。
「『きらレイ』では正確な位置は書かれてなかったけど、とにかく裏通りに行けばいいんだよね。外観は覚えてるし、せっかく来たんだから行ってみよう」
私は商店街のある通りから外れて、裏通りに行くことにした。
一本、二本と通りを横切り、あたりをきょろきょろする。少し離れただけなのに、やはり裏通りとあって、商店街の明るい雰囲気とは違い、どことなく暗い雰囲気がする。
「隠れキャラとも、確かここで会うんだよね」
ヒロインがチンピラに絡まれているところを助けてくれるのだ。一度会ってしまえば、その後はひたすら『裏通りへ』を選択すれば頻繁に会えるようになる。
私は占いの館の外観を頼りに、一軒一軒見て回る。しばらく歩いても見つからず、諦めかけた頃――
「あった!!」
私はとうとう占いの館を見つけた。
「本当にあったんだ――」
私は建物の窓にへばりつく。窓は灰色の色ガラスになっていて、中の様子はよく見えない。でも建物内もなんだか灯りがついていなくて、全体的に薄暗いのがわかった。商業目的が占いだけあって、怪しさ満点だ。
「ヒロイン、こんなところに入ってたの? ちょっと入ってみたいけど、でも占ってもらうこともないしな。それにお金も持ってないし――」
お店を見上げてためらっていると、扉がギギギっと不気味な音を立てて開いた。
「なにっ?!」
私は驚いて、一歩退く。
勝手に開いたんだけど?! 怖すぎる。
身を竦ませながら警戒したけど、その後は何も起こらない。
私は恐る恐る薄暗い店内を覗いてみた。
中はがらんとしていて、危険なものは見当たらない。しばらくじっとしていたけど、何の反応もない。
私はとりあえず警戒を解いて、店内に足を一歩踏み入れてみた。
「いらっしゃい」
奥から女のひとの声がした。そっちのほうへ目を向ければ、机の前にベールを被った女のひとが座っていた。
この人! 占い師のひとだわ! ゲームで見たまんまにそっくり。
「可愛いお客さんね。何を占ってほしい?」
ベールのせいで、女のひとの表情はほとんどわからない。唯一見える赤い唇だけが弧を描いた。
「いえ、私は別に……」
断りの言葉を口にしようとしたけど、占い師は私にかまわず目の前にある水晶に手をかざし始めた。しばらく無言で水晶を見ていたけど、ふと手をとめた。
「……あなたの未来は――。普通のひとが歩む道ではないわね」
「え?」
私の心臓がドキリと跳ね上がる。
ま、まさか――。
「心を強く持って。あまり言いたくはないんだけど、あなたはこの先――」
「いえ、いいです! それ以上言わないで!!」
占い師のひとが何を言いたいか、言わなくてもわかった。
カレンの未来なんて、私のほうが嫌でも知っている。
悪女の末路――斬り殺されるか、幽閉されてしまう道。
他人の口から、改めてそんな言葉を聞きたくなくて、というか、それを占い師に口にされたら、本当に確実になる気がして、私は尻込みしてしまった。後ろ足でそろそろと出口に向かう。
「あの、ごめんなさい。もうけっこうです。お邪魔しました!」
ぺこりと頭を下げると、慌てて店から飛び出す。
しばらく走って店から距離をとると、膝に手をついて立ち止まった。呼吸を整えている間、地面が視界にはいる。
やっぱり、どんなに足掻いてもゲームの運命には逆らえないんだろうか。
どんなに振る舞いに気をつけたとしても、悪女の烙印を押されてしまうのだろうか。
がっくりと気落ちしてしたまま、頭をあげると、全然見知らぬ建物に囲まれていることに気づいた。私が立っている場所はちょうど十字路の真ん中だった。
「あれ、帰り道どっちだっけ?」
あたりをきょろきょろと見渡すけど、どの通りも見覚えがない。
さっきとはまた違った感じに血の気が引くのがわかった。
「私、もしかして迷子?」
私は薄暗い裏通りのただなかで呆然と立ち尽くしたのだった。




