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冒険者ギルドのお役所仕事

冒険者ギルドのお役所仕事 〜受領証〜

作者: 衣谷強
掲載日:2021/07/13

一月経つ前に何とか投稿できました。

ちょっと色々な要素を盛り込んだら四千字越え……。

切りどころもいまいち掴めず、そのまま投稿と相成りました。

いつもとテイストが違いますが、楽しんでいただけたら幸いです。

 ここはとある街の冒険者ギルド。

 多くの冒険者が依頼と報酬を求め、今日も賑わっている。


「ではこちら、依頼達成報酬になりまーす」

「ありがとよノビスちゃん!」


 女性職員ノビス・ニウがウエストーンの街から来て一週間。

 彼女はあっさりとギルドの職員として馴染んでいた。


「なぁ、仕事上がったら飲みに行かねぇか? おごるぜ?」

「すみませーん。そういうの規則でダメなんでー」

「規則なんていいじゃねぇかよ。プライベートまで仕事に縛られてんのってしんどいじゃん?」

「お気持ちだけでー」

「別に飲みに行くくらいいいじゃんか」

「ごめんなさーい」

「かってぇなぁ。そんなんじゃいい仕事できねぇぞ?」

「ピカップさん。今は仕事時間中です。ウチの職員の仕事邪魔しないでもらえますかね」


 しつこい食い下がりを、先輩職員のコリグが遮る。


「……けっ、お前までプリムの旦那みたいな事言いやがって。規則規則で息が詰まるぜ」

「……規則を軽視されるんですか? 規則の大切さについて、プリム先輩に講義してもらいます? 今他のギルドとの打ち合わせに出てますが、明日には戻ると思いますし」

「……べ、別に規則を破るつもりはねぇよ! ほ、報酬はもらったから帰るわ!」


 規則と厳正の権化・プリムの名を出され、ピカップは出された報酬をしまうと、そそくさと立ち去った。


「いやー、ナンパされちゃいましたー。モテる女は辛いですねー」

「お前なぁ……。あぁいうのはもうちょっとはっきり断われ。あんな対応だと誤解されるぞ」

「でも窓口の応対はにこやかにって、ウエストーンでは言われてましたけど」

「別に接客じゃないんだから、必要最低限でいいんだよ。遮らなかったらどうなってた事か……」

「助けてもらうんだったらプリムさんが良かったなぁ」

「……もう知らね」


 溜息をついたコリグは、呆れ果てた様子で席へと戻っていった。




 翌日。


「よお」


 にたにたと笑みを浮かべたピカップが、ギルドの窓口にやって来る。

 気味の悪さを感じながらも、ノビスはにこやかに対応する。


「こんにちはピカップさん。依頼の受領ですかー?」

「いや、前の報酬をもらいにな」

「……え?」


 ノビスの表情が止まる。


「俺さぁ、昨日報告した依頼の報酬、もらってないよなぁ」

「い、いえ、確かにお渡ししましたけど……」

「受領証、あるのかい?」

「あ……」


 受領証。

 依頼達成の報酬を渡したことを確認する書類。

 冒険者の報酬は依頼によっては高額になる。

 そのため、相互に報酬の額を確認し押印する。

 報酬制度が整理された昨今、半ば形骸化しつつある。

 しかし年に数回記入漏れによるトラブルが起きる。


「も、申し訳ありません。あの時記入をお願いするのを忘れていまして……」

「いやいや、報酬を、もらってないんだよ。だからちゃんと払ってもらわないと」

「し、しかし……」


 昨日支払った報酬は、ギルド職員の給料の約半月分。

 立て替えられない額ではないが、気軽に払えるものでもない。

 ノビスの顔色を見たピカップが、笑みを深める。


「まぁ俺は金あるから、報酬一回分くらいなくても大丈夫だからさ。いいよ。もらってないけど受領証書いてあげるよ」

「で、でも……」

「今度一杯付き合ってもらえればいいからさぁ」

「ちょっと待ってください。ピカップさん、あんた確かに昨日報酬を受け取ったじゃないですか」


 再び横から助け舟を出すコリグ。

 しかしピカップの余裕の笑みは崩れない。


「あのな? お前はプリムの旦那の後輩だろ? だったらわかるんじゃねぇのかおい? 払ったなら受領証がある。ないなら払ってない。そうだろ?」

「う……」

「わかる、わかるよぉコリグちゃん。毎日依頼を出したり報酬を渡したりしてれば、記憶違いだってあるもんよ。俺は全然とがめないからさぁ」


 ピカップが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ノビスちゃんに、俺の酒に付き合うよう言えよ。それでチャラにしてやるからさ」

「……!」


 コリグは拳を固めた。

 ふざけるな。人の失敗につけ込んで。

 確かに金を受け取っておいてこの野郎。


「コリグさん、あの、私……」


 ノビスの弱々しい声に、はっと我に返る。

 ここでトラブルになれば、ノビスの責任も問われる。

 それに今はプリムがまだ戻っていない。

 後輩を守れるのは自分だけだと、コリグはもう一度拳を握りしめる。


「わかりました。報酬をお支払いいたします」

「は?」

「僕が立て替えますよ。気付かなかった僕にも責任がありますから」

「こ、コリグさん……!?」


 言うとコリグは紙に『借用書』と書き、昨日払った報酬の額を記すと、署名捺印を済ませた。


「今は待ち合わせがないですが、明日には払いますので、こちらをお持ちください」

「ま、待て待てコリグよぉ! 俺は、その、ノビスちゃんと飲みに行けたらチャラにするって言ってるだろ? 何でお前が……」


 予想外の展開に慌てふためくピカップを、コリグの目が射抜く。


「……僕がノビスの教育係だからです」

「……!」

「う、ぐ……」


 ギルドの中が、しん、と静まり返った。

 空気の変化に、ピカップの動揺が更に増す。


「いや、だからさぁ、そんな、お前、そこまでする事ぁ」

「書いてください」

「は?」

「受領証、書いてください」

「う……」


 有無を言わせないコリグの迫力に、差し出された受領証に署名するピカップ。


「こ、これでいいんだろ? あ、明日金は取りに来るからな! ほ、本当にいいのか!」

「……コリグさん、こんなの」

「お待ちしています」

「くっ……」


 取り返しのつかない失敗をしたような気分で、脂汗をかくピカップ。

 必死になって気持ちを立て直す。

 報酬を二回取れたんだ。損はない。

 ノビスの事はまた改めて考えればいい。

 とにかく早く帰ろう。

 明日になればうやむやに……!


「お待ちくださいピカップさん」


 ギルドの中にいる人々がざわめく。

 小柄で細身、眼鏡の似合う中年男性。

 しかしギルドの誰もが、彼の力を知っている。

 法と前例を網羅し、あらゆる事象に完璧に対処する規則の怪物。

 プリム・スクェア、その人であった。


「ぷ、プリムの旦那……」

「何やら揉めているようですね。後輩がご迷惑をおかけしました。適切に対処いたしますので、事情をお話しいただけますか?」

「え、えっと、その……」


 混乱した頭でピカップは必死に考えを巡らせる。

 いや、これは別に問題ないんじゃないか?

 受領証がないんだから、払った証拠はない。

 プリムは書類第一主義。

 責められるのは二人の方だ。

 そこに至ったピカップは落ち着きを取り戻した。


「いやぁ昨日依頼達成の報酬をもらい損ねてさぁ。でもノビスちゃんは払ったって言うんだよ。でも受領証はなくてさ? そしたらコリグが立て替えるって言うから、それで受領証書いて円満解決って事よ」

「分かりました」


 普段通りの受け答えに、安堵を濃くするピカップ。


「ではお伺いいたします」


 プリムの眼鏡が光る。


「何故報酬を受け取られなかったのですか?」

「へ?」


 予想もしなかった問いに、一瞬頭が真っ白になるも、ピカップは慌てて答える。


「だ、だからノビスちゃんが忘れてて」

「渡す側が忘れる事はあっても、受け取り側が忘れるという事はまずありません」

「だ、だけどよぉ! 受領証がないって事は、渡した事を証明するものは何もないって事だろ!?」

「仰る通りです」

「だったら」

「では裁判をいたしましょう」

「……は?」


 ピカップの顔から色が抜けた。

 止まった脂汗が、再び身体を流れ始める。


「私はその場にいなかったので、状況の判断が付きかねます。よって司法の手に預け、証人を集めて事実を突き止めましょう」

「いやいやいや! そこまで大事にしなくても!」

「ギルド職員として当然の責務です。払い漏れが確定すれば、報酬はもちろん、お詫び金もお支払いいたしますので」

「いやでも……」


 ピカップは自分の浅はかさを後悔していた。

 ただちょっと脅かして、ノビスと飲みに行ければよかったのに。

 法の領域でプリムに勝てる要素は何一つない。

 ここは素直に謝ろう、とピカップは両手を合わせた。


「悪かった! ちょっとノビスちゃんと飲みに行きたいなと思って、受領証書いてないのをネタに、ちょっときっかけでもって思って、へへへ……」

「分かりました」

「わかってくれるかい?」

「つまり詐欺と脅迫ですね」

「へ」


 ピカップは墓穴を掘った。

 少し考えればわかる事だが、規則第一主義のプリムが、謝ったぐらいで不正を見逃すわけがないのだ。

 不正をもってギルドにちょっかいを出した時点で、ピカップの命運は尽きていたのだろう。


「皆さん、ピカップさんの確保をお願いします。私は衛兵の詰所に連絡してきますので」


 プリムの言葉に、冒険者達が凶悪な笑みを浮かべてピカップの元に集まってくる。

 先程のやり取りは、冒険者達も腹に据えかねていたようだ。


「ま、待ってくれ! ほんの出来心で、反省してるから……」

「私は裁判官でも被害者でもないので、あなたの反省の程度は判断できません」

「いや、その……!」

「本当に反省されているのでしたら、詰所で全て正直にお話ください」

「……が……」


 助平心が生んだ最悪の結末に、絶望したピカップは白目を剥いて崩れ落ちた。




「コリグ」

「……はい」


 ピカップが運び出され、落ち着きを取り戻したギルドで、プリムはコリグを真っ直ぐ見つめていた。


「あのような脅しに屈してはいけません。一度不当な要求に屈したら、何度でも繰り返されるのです」

「……はい」


 コリグは小刻みに震えていた。

 明らかにプリムが嫌うであろう、法に従わない行為。

 最悪クビかも、と思うと、身体の震えを抑える事ができなかった。


「受領証の確認漏れも君の責任です。教育係として絶対に見逃してはいけないミスでした」

「……はい」


 何の反論もできない。

 任せてもらっていたのに。

 コリグは消え入りたいような恥ずかしさに、身が焼かれそうだった。


「しかし」

「!?」


 ぽんと肩に手を置かれ、思わず顔を上げるコリグ。


「後輩を守るために責任を背負おうとした事、私は誇りに思います」

「プリム、先輩……!」

「ただし、想いだけでは正しく導く事はできません。今後より良いやり方について、しっかり学んでくださいね」

「……はい!」


 涙で歪む視界の中で、コリグにはプリムが笑っているように見えた。




「あ、あの!」

「の、ノビス?」


 波乱の一日を終え、ギルドを出て鍵をかけたコリグの背に、ノビスの声がかけられる。


「先に帰ったろ? わざわざ待ってたのか?」

「い、言いたい事があります!」

「言いたい事……? それって……」


 わざわざ帰りを待っていた事と、その真剣な眼差しに、甘やかな期待がコリグの頭をよぎる。


「私、別にお酒に付き合うぐらい、何でもないですから!」

「はぁ!?」


 予想と違った上に感謝のかけらもない言葉に、コリグの口調が荒くなる。


「じゃあ余計なお世話だったのかよ!」

「よ、余計、とは言いませんけど、あそこまでする必要なかったですよ! 結局助けてくれたのはプリムさんでしたし!」

「お前なぁ……!」

「だからお礼なんて言いませんけど、明日からもよろしくお願いします! コリグ先輩!」


 言い捨てて走っていくノビス。

 残されたコリグは訳が分からない。


「何だぁ、あいつ……?」


 混乱したコリグは、ノビスが初めて「先輩」と呼んだ事には気づかないままだった。

読了ありがとうございます。


セクハラ死すべし。慈悲はない。


元々は浮かれた新人ノビスに、仕事の厳しさと、それを難なくこなすプリムを味あわせる予定でした。

当初は紙の発注ミス程度だったんですよ。

だけどいつの間にか話が膨らんで、こんな事になりました。

……ピカップは犠牲になったのだ。コリグの漢気の犠牲にな……。

まぁ詰所でこってりしぼられて不起訴でしょうけど。


ちょっと今回はプリムの活躍が少なかったので、次回は「さすプリ!」と言わせるような話を、思いつけたらいいなぁ……。


今後ともよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
そこで何で、「報酬を貰う前にナンパしてたら、断られて帰ったから貰い忘れた」って言わないんだろう?筋は通ってるのに。
[一言] 女性職員、これは引っ掻き回されそうですね。 ……コリグ君が(笑)。 そして、プリムはやっぱり冷静ですね。
[良い点] YES!!助兵衛心(すけべごころ)!! [一言] NO!!!! タッチ!! 去れ!!リア獣!!人類なんて滅びてしまえ!! ゴッダム!!
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