冒険者ギルドのお役所仕事 〜受領証〜
一月経つ前に何とか投稿できました。
ちょっと色々な要素を盛り込んだら四千字越え……。
切りどころもいまいち掴めず、そのまま投稿と相成りました。
いつもとテイストが違いますが、楽しんでいただけたら幸いです。
ここはとある街の冒険者ギルド。
多くの冒険者が依頼と報酬を求め、今日も賑わっている。
「ではこちら、依頼達成報酬になりまーす」
「ありがとよノビスちゃん!」
女性職員ノビス・ニウがウエストーンの街から来て一週間。
彼女はあっさりとギルドの職員として馴染んでいた。
「なぁ、仕事上がったら飲みに行かねぇか? おごるぜ?」
「すみませーん。そういうの規則でダメなんでー」
「規則なんていいじゃねぇかよ。プライベートまで仕事に縛られてんのってしんどいじゃん?」
「お気持ちだけでー」
「別に飲みに行くくらいいいじゃんか」
「ごめんなさーい」
「かってぇなぁ。そんなんじゃいい仕事できねぇぞ?」
「ピカップさん。今は仕事時間中です。ウチの職員の仕事邪魔しないでもらえますかね」
しつこい食い下がりを、先輩職員のコリグが遮る。
「……けっ、お前までプリムの旦那みたいな事言いやがって。規則規則で息が詰まるぜ」
「……規則を軽視されるんですか? 規則の大切さについて、プリム先輩に講義してもらいます? 今他のギルドとの打ち合わせに出てますが、明日には戻ると思いますし」
「……べ、別に規則を破るつもりはねぇよ! ほ、報酬はもらったから帰るわ!」
規則と厳正の権化・プリムの名を出され、ピカップは出された報酬をしまうと、そそくさと立ち去った。
「いやー、ナンパされちゃいましたー。モテる女は辛いですねー」
「お前なぁ……。あぁいうのはもうちょっとはっきり断われ。あんな対応だと誤解されるぞ」
「でも窓口の応対はにこやかにって、ウエストーンでは言われてましたけど」
「別に接客じゃないんだから、必要最低限でいいんだよ。遮らなかったらどうなってた事か……」
「助けてもらうんだったらプリムさんが良かったなぁ」
「……もう知らね」
溜息をついたコリグは、呆れ果てた様子で席へと戻っていった。
翌日。
「よお」
にたにたと笑みを浮かべたピカップが、ギルドの窓口にやって来る。
気味の悪さを感じながらも、ノビスはにこやかに対応する。
「こんにちはピカップさん。依頼の受領ですかー?」
「いや、前の報酬をもらいにな」
「……え?」
ノビスの表情が止まる。
「俺さぁ、昨日報告した依頼の報酬、もらってないよなぁ」
「い、いえ、確かにお渡ししましたけど……」
「受領証、あるのかい?」
「あ……」
受領証。
依頼達成の報酬を渡したことを確認する書類。
冒険者の報酬は依頼によっては高額になる。
そのため、相互に報酬の額を確認し押印する。
報酬制度が整理された昨今、半ば形骸化しつつある。
しかし年に数回記入漏れによるトラブルが起きる。
「も、申し訳ありません。あの時記入をお願いするのを忘れていまして……」
「いやいや、報酬を、もらってないんだよ。だからちゃんと払ってもらわないと」
「し、しかし……」
昨日支払った報酬は、ギルド職員の給料の約半月分。
立て替えられない額ではないが、気軽に払えるものでもない。
ノビスの顔色を見たピカップが、笑みを深める。
「まぁ俺は金あるから、報酬一回分くらいなくても大丈夫だからさ。いいよ。もらってないけど受領証書いてあげるよ」
「で、でも……」
「今度一杯付き合ってもらえればいいからさぁ」
「ちょっと待ってください。ピカップさん、あんた確かに昨日報酬を受け取ったじゃないですか」
再び横から助け舟を出すコリグ。
しかしピカップの余裕の笑みは崩れない。
「あのな? お前はプリムの旦那の後輩だろ? だったらわかるんじゃねぇのかおい? 払ったなら受領証がある。ないなら払ってない。そうだろ?」
「う……」
「わかる、わかるよぉコリグちゃん。毎日依頼を出したり報酬を渡したりしてれば、記憶違いだってあるもんよ。俺は全然とがめないからさぁ」
ピカップが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ノビスちゃんに、俺の酒に付き合うよう言えよ。それでチャラにしてやるからさ」
「……!」
コリグは拳を固めた。
ふざけるな。人の失敗につけ込んで。
確かに金を受け取っておいてこの野郎。
「コリグさん、あの、私……」
ノビスの弱々しい声に、はっと我に返る。
ここでトラブルになれば、ノビスの責任も問われる。
それに今はプリムがまだ戻っていない。
後輩を守れるのは自分だけだと、コリグはもう一度拳を握りしめる。
「わかりました。報酬をお支払いいたします」
「は?」
「僕が立て替えますよ。気付かなかった僕にも責任がありますから」
「こ、コリグさん……!?」
言うとコリグは紙に『借用書』と書き、昨日払った報酬の額を記すと、署名捺印を済ませた。
「今は待ち合わせがないですが、明日には払いますので、こちらをお持ちください」
「ま、待て待てコリグよぉ! 俺は、その、ノビスちゃんと飲みに行けたらチャラにするって言ってるだろ? 何でお前が……」
予想外の展開に慌てふためくピカップを、コリグの目が射抜く。
「……僕がノビスの教育係だからです」
「……!」
「う、ぐ……」
ギルドの中が、しん、と静まり返った。
空気の変化に、ピカップの動揺が更に増す。
「いや、だからさぁ、そんな、お前、そこまでする事ぁ」
「書いてください」
「は?」
「受領証、書いてください」
「う……」
有無を言わせないコリグの迫力に、差し出された受領証に署名するピカップ。
「こ、これでいいんだろ? あ、明日金は取りに来るからな! ほ、本当にいいのか!」
「……コリグさん、こんなの」
「お待ちしています」
「くっ……」
取り返しのつかない失敗をしたような気分で、脂汗をかくピカップ。
必死になって気持ちを立て直す。
報酬を二回取れたんだ。損はない。
ノビスの事はまた改めて考えればいい。
とにかく早く帰ろう。
明日になればうやむやに……!
「お待ちくださいピカップさん」
ギルドの中にいる人々がざわめく。
小柄で細身、眼鏡の似合う中年男性。
しかしギルドの誰もが、彼の力を知っている。
法と前例を網羅し、あらゆる事象に完璧に対処する規則の怪物。
プリム・スクェア、その人であった。
「ぷ、プリムの旦那……」
「何やら揉めているようですね。後輩がご迷惑をおかけしました。適切に対処いたしますので、事情をお話しいただけますか?」
「え、えっと、その……」
混乱した頭でピカップは必死に考えを巡らせる。
いや、これは別に問題ないんじゃないか?
受領証がないんだから、払った証拠はない。
プリムは書類第一主義。
責められるのは二人の方だ。
そこに至ったピカップは落ち着きを取り戻した。
「いやぁ昨日依頼達成の報酬をもらい損ねてさぁ。でもノビスちゃんは払ったって言うんだよ。でも受領証はなくてさ? そしたらコリグが立て替えるって言うから、それで受領証書いて円満解決って事よ」
「分かりました」
普段通りの受け答えに、安堵を濃くするピカップ。
「ではお伺いいたします」
プリムの眼鏡が光る。
「何故報酬を受け取られなかったのですか?」
「へ?」
予想もしなかった問いに、一瞬頭が真っ白になるも、ピカップは慌てて答える。
「だ、だからノビスちゃんが忘れてて」
「渡す側が忘れる事はあっても、受け取り側が忘れるという事はまずありません」
「だ、だけどよぉ! 受領証がないって事は、渡した事を証明するものは何もないって事だろ!?」
「仰る通りです」
「だったら」
「では裁判をいたしましょう」
「……は?」
ピカップの顔から色が抜けた。
止まった脂汗が、再び身体を流れ始める。
「私はその場にいなかったので、状況の判断が付きかねます。よって司法の手に預け、証人を集めて事実を突き止めましょう」
「いやいやいや! そこまで大事にしなくても!」
「ギルド職員として当然の責務です。払い漏れが確定すれば、報酬はもちろん、お詫び金もお支払いいたしますので」
「いやでも……」
ピカップは自分の浅はかさを後悔していた。
ただちょっと脅かして、ノビスと飲みに行ければよかったのに。
法の領域でプリムに勝てる要素は何一つない。
ここは素直に謝ろう、とピカップは両手を合わせた。
「悪かった! ちょっとノビスちゃんと飲みに行きたいなと思って、受領証書いてないのをネタに、ちょっときっかけでもって思って、へへへ……」
「分かりました」
「わかってくれるかい?」
「つまり詐欺と脅迫ですね」
「へ」
ピカップは墓穴を掘った。
少し考えればわかる事だが、規則第一主義のプリムが、謝ったぐらいで不正を見逃すわけがないのだ。
不正をもってギルドにちょっかいを出した時点で、ピカップの命運は尽きていたのだろう。
「皆さん、ピカップさんの確保をお願いします。私は衛兵の詰所に連絡してきますので」
プリムの言葉に、冒険者達が凶悪な笑みを浮かべてピカップの元に集まってくる。
先程のやり取りは、冒険者達も腹に据えかねていたようだ。
「ま、待ってくれ! ほんの出来心で、反省してるから……」
「私は裁判官でも被害者でもないので、あなたの反省の程度は判断できません」
「いや、その……!」
「本当に反省されているのでしたら、詰所で全て正直にお話ください」
「……が……」
助平心が生んだ最悪の結末に、絶望したピカップは白目を剥いて崩れ落ちた。
「コリグ」
「……はい」
ピカップが運び出され、落ち着きを取り戻したギルドで、プリムはコリグを真っ直ぐ見つめていた。
「あのような脅しに屈してはいけません。一度不当な要求に屈したら、何度でも繰り返されるのです」
「……はい」
コリグは小刻みに震えていた。
明らかにプリムが嫌うであろう、法に従わない行為。
最悪クビかも、と思うと、身体の震えを抑える事ができなかった。
「受領証の確認漏れも君の責任です。教育係として絶対に見逃してはいけないミスでした」
「……はい」
何の反論もできない。
任せてもらっていたのに。
コリグは消え入りたいような恥ずかしさに、身が焼かれそうだった。
「しかし」
「!?」
ぽんと肩に手を置かれ、思わず顔を上げるコリグ。
「後輩を守るために責任を背負おうとした事、私は誇りに思います」
「プリム、先輩……!」
「ただし、想いだけでは正しく導く事はできません。今後より良いやり方について、しっかり学んでくださいね」
「……はい!」
涙で歪む視界の中で、コリグにはプリムが笑っているように見えた。
「あ、あの!」
「の、ノビス?」
波乱の一日を終え、ギルドを出て鍵をかけたコリグの背に、ノビスの声がかけられる。
「先に帰ったろ? わざわざ待ってたのか?」
「い、言いたい事があります!」
「言いたい事……? それって……」
わざわざ帰りを待っていた事と、その真剣な眼差しに、甘やかな期待がコリグの頭をよぎる。
「私、別にお酒に付き合うぐらい、何でもないですから!」
「はぁ!?」
予想と違った上に感謝のかけらもない言葉に、コリグの口調が荒くなる。
「じゃあ余計なお世話だったのかよ!」
「よ、余計、とは言いませんけど、あそこまでする必要なかったですよ! 結局助けてくれたのはプリムさんでしたし!」
「お前なぁ……!」
「だからお礼なんて言いませんけど、明日からもよろしくお願いします! コリグ先輩!」
言い捨てて走っていくノビス。
残されたコリグは訳が分からない。
「何だぁ、あいつ……?」
混乱したコリグは、ノビスが初めて「先輩」と呼んだ事には気づかないままだった。
読了ありがとうございます。
セクハラ死すべし。慈悲はない。
元々は浮かれた新人ノビスに、仕事の厳しさと、それを難なくこなすプリムを味あわせる予定でした。
当初は紙の発注ミス程度だったんですよ。
だけどいつの間にか話が膨らんで、こんな事になりました。
……ピカップは犠牲になったのだ。コリグの漢気の犠牲にな……。
まぁ詰所でこってりしぼられて不起訴でしょうけど。
ちょっと今回はプリムの活躍が少なかったので、次回は「さすプリ!」と言わせるような話を、思いつけたらいいなぁ……。
今後ともよろしくお願いいたします。