1.満身創痍 1
今日から学校。新しい制服に身を包み、リビングに向かった。
味噌汁の匂いや、炊きたてご飯の匂いが食欲をそそる。
先に食べてた父さんと、まだキッチンに立ってる母さんにおはようを言い、洗面で顔を洗ってからダイニングに戻った。
「いただきます!」
黙々と食べていると、テレビからから行方不明者のニュースが流れてきた。
「『星野グループの創設者の一人娘である、星野還奈さんが行方不明になってから、半年が経ちました』」
そういえば、そんなニュースあったな。美湖都も含め、この街行方不明多くないか?
「『また、6年前の南雲美湖都さん、4年前の三森琉斗さんも行方不明のままとなっており……』」
「ゴフッ!」
飲んでた味噌汁吹き出した。うわ、卵焼きにかかった……。自分でやっておいてって感じだけど、汚い……。
「律!? どうした!?」
「いや、あの………………」
言えない、4年間も行方不明中の人と会っちゃったとか……言えない。
「なんでもない…………器官に入ってびっくりした…………」
何か理由があったのか……? いや、そもそも真夏の暑さが見せた幻覚…………はないか。
アイスの棒は、ちゃんとそこにあったんだから。ならどうして、家族の元に戻らないんだ?
とりあえず、制服に味噌汁がかからなかっただけマシか。転校早々、『アイツ、味噌汁の匂いするぞ』って噂されるのだけは御免だ。
アクシデントを起こしつつも、準備には何の支障も出さずに、快く家を出た…………はずだった。
「律? やっぱり今日どこか変じゃないか? 顔真っ青だぞ!?」
「や、変ではないんだけど…………何て言うんだろう、未知の領域」
「未知の領域!?」
外に出たら幽霊が見える事は多々ある。いや、幽霊と言うよりモヤのようなモノ。いつもは視界が曇ってるなって思うだけで済むんだけど、今日は…………。
「まだ…………生き………………た」
声まで聞こえる!! しかもうちの家の壁を通り抜けようとして、失敗して激突してるし!
「何もないよ! うん!! 何もない! 遅刻しちゃうよ、行こう!」
確かに言ったよ? 真顔でスルーできるスキル欲しいって。実戦で鍛えろってか? 無茶振りにも程があるわ。
見える力がどのくらい維持されるのかわからない以上、見えないフリがどうしても必要になってくる。
今日は休んだ方が…………なんて言う父さんを、なんとか宥めて駅で別れた。
見えないフリしとけば平気平気。なんて思ってたちょっと前の自分を殴ってやりたい。ゲームのコントローラーとかで、思いっきり。
ぎゅうぎゅうの満員電車、僕はドア付近に立っているけれど、窓の外にいるヤツと目が合っている。いや、目は合っているが、ボーッとしているフリをしている。
血塗れでこっち向かないで欲しい、切実に。
やめろ、『見えてる?』って聞いてくるな怖いから。
というか、どうしてこんなにはっきりと見えるように? もしかして昨日の合わせ鏡のせい? それだとしたら琉斗のせいだよね? 次会ったら、アイスの恨みも込めて殴る。
当たったからって許されると思うなよ、僕はあの瞬間に食べたかったんだ。食べ物の恨みは恐ろしいんだ、思い知れ!!
なんて考えてたら、いつのまにか幽霊はいなくなった。カーブで振り落とされでもしたのか。
学校の最寄り駅で降りようとして、下を見た瞬間、ヤツはいた。
ホームと電車に挟まれて、変な声あげてたから、僕が変な声あげそうになった。お前ら透けてるから問題ないんじゃないの? 踏み潰すぞ。
学校について、職員室に向かって、必要な手続きをして、クラスに向かう。
求めていたわけではないけど、校舎で迷ってたら助けてくれる、優しい人なんていないんだよ。みんな、自分が遅刻しない事で精一杯なようで、僕をチラチラと見てはダッシュで階段を上っていった。
「こんな時期に転校なんて、南雲君も大変ね。クラスのみんな優しい子ばかりだから、すぐ馴染めると思うわよ」
担任の先生の名前は白鷺千歳と言うらしい。担当教科はまだ知らない。
「ははっ、親の事情ですし、仕方ないですよ。友達ができると嬉しいな」
先生の首に抱きつくようにしている霊については、見なかった事にしておこう。
先生に呼ばれるまで廊下待機、は必ずしもそう、だとは限らないのだと思い知らされた。先生と一緒に入っていったし、なんなら黒板に名前も書いてもらってない。
転校に抱いていた憧れを、全てぶち壊された。くそっ、夢を返せ!
「自己紹介お願いね」
さっきら様々な視線が向けられている。それと、ヒソヒソなんて通り越して、ザワザワと騒がれている。当然か、普通転校生が来たらワクワクすんもんな。
「南雲律です、これからよろしくお願いします」
緊張を隠すために、笑みを浮かべて出来うる限りの自己紹介をした。やけにあっさりしているのは気にしないでいただきたい。
あと誰だ!? モブ顔だね、なんて言ったの! 聞こえてるからな!? 結構気にしてんだよチクショウ!
「質問その他諸々は、あとでやってね~。それと、南雲君の席は、廊下側の一番後ろ。吉川さんの隣よ」
窓際じゃないんだ、またも憧れを壊された。まあ教室のど真ん中じゃないだけマシか。
「はいじゃあ授業始めるわよ~」
そう、ここでも僕は憧れをまた一つ壊された。転校初日の最初の授業が担任の授業。ここまではいい。だがしかし、質問コーナーなどは一切設けられなかったのである!
もちろん生徒からのブーイングは殺到。先生は気にせず教科書を開けと言う。逆らえるはずもなく、僕は教壇から降りた(ちなみに言うと、教科書ないから隣の人に見せてもらおう、なんて考えは最初からない。家に教科書が届いた時点で諦めた)。
何なら、転校ばかりの僕が憧れを抱いているのは、今までこんなんばっかりだったから。漫画とかでよく見る展開はないのかと、この年まで夢見続けたからである。
席に座ろうと通路を通ると、両サイドの人達から、よろしく、と言ってもらえた。それは嬉しかったけど、隣の吉川って人だけは何も言ってくれなかった。というか、目が合ったと思ったら、速攻逸らされた。律君泣いちゃう。
吉川は、黒っぽい焦げ茶色の長いストレートの髪に、橙色の瞳。ツリ目気味の、文句なしの美人。ただ、近寄り難い雰囲気を醸し出している。
「…………キュ?」
席に座った途端、吉川の方から何かが聞こえてきた。多分、動物の鳴き声。周りの人は特に気にしていないようだ。空耳か?
教科書を開きつつ、隣を見ると
「キュッ!!」
ハムスターと目が合った。おおう、ふわふわしてる。全身真っ白で、所々にグレーの毛が混ざった斑模様のハムスター。
吉川の肩に乗っかっているソイツは、きっと使い魔か何かだろう。という事は、吉川は見える系の人間で、かなりいい家の出だって事。
「チッ……」
僕が見ている事に気付いたようで、舌打ちしながら睨んできた挙句、ハムスターを机の上に移動させてしまった。僕何かしましたっけ……?
白鷺先生の担当は数学。僕が一番得意な教科だ。その上、前の学校でかなり先まで進んでたから、割と退屈。指示された問題よりもさらに先まで解いて、ぼーっとしていた時だった。
「キュッキュ!」
吉川の所にいるハムスターが、急に元気よく机の上を走り始めた。吉川はと言うと、頬杖をつきながらウトウトしている。
ハムスターはしばらく走り回ってから、バッと勢いよく飛んだ。僕の机に飛び移ろうとしているらしい。
「キュッ!?」
飛んだはいいけど、ハムスターが思っていたよりも距離があった。真ん中辺りで失速し、落ちそうになった。僕は急いで手を伸ばして落下を防いだ。
「大丈夫か?」
助けられた事を知って、僕にめちゃくちゃ頭を下げてる。こんなに賢いハムスター、いる?
一瞬で愛着が湧いて、机の上に乗せて指で撫でくりまわした。嫌がらずに気持ち良さそうにしている。ふわっふわだ、癒し……。
この子は人間の言葉がわかるんだな。うわ~、可愛い~! 家じゃ動物なんて飼ってなかったから、余計可愛く見えちゃう。
そうだ、今日おやつにナッツ持ってきてたんだっけ。
先生にバレないように、カバンからナッツが入った袋を取り出した。あげすぎはよくないって聞くけど、ちょっとならいいか(そもそも、使い魔のハムスターにその常識が通用するのかはわからない)。
数粒取り出して、ノートの上に転がしてやると、小さな手で持って食べ始めた。うわ可愛い。あ、ちゃんと塩とかついてないタイプだから安心して欲しい。
カリカリと、あっという間になくなってしまったナッツたち。ハムスターは、もっともっとと、強請るように両手を伸ばしている。あげちゃってもいいのかな? 飼い主である吉川を見ても、彼女は見事に爆睡していた。
先生に怒られないのかなと思ったけど、問題の解説してたから多分バレてない。
視線をハムスターに向けると、鼻をふんふんと鳴らし、目をキラッキラさせながら僕を見ていた。
「………………少しだけだぞ」
負けた。もう一度袋を取り出して、数粒あげた。ついでに僕も、ナッツ一粒を口に入れた。授業中なのにって思う? 大丈夫、斜め前の人ラムネ食べてるから。
「チュッチュッ!」
お腹いっぱいになって満足したようだ。僕の机の上を元気よく走り始めた。しかも、僕が問題を解く時は、邪魔にならないように走るんだ。
先生の話を聞きつつ問題を解いていると、左手にハムスターが乗った。手ェちっちゃ~い、可愛い~。
と、思っていたら、器用に僕の腕を駆け上がり、肩に乗った。それだけじゃなく、そこで丸まって寝始めた。こっ、これは…………身動きが取れないやつだッ!
どうしよう、と思ったその時。ハムスターからグレープフルーツのような香りがした。最初は生の果物かと思ったんだけど、もっと人工的な香りで。
吉川の付けてる香水なのかなって、ちょっとドキドキしたりした。本人には絶対言えないけど。完全にセクハラになるからね。
それにしても、お互い見える人同士なら仲良くなれる気がする。授業が終わったら話しかけてみようかな。
睨まれる可能性大いにアリだけど、ちょっとずつ仲良くなれたらいいなぁ。
とりあえず、僕は右腕と頭以外動かさないでおこう。
チャイムが鳴ってから、ハムスターは吉川の元に戻っていった(左腕が痺れて感覚が無くなっていたのは言うまでもない)。彼女に話しかけようとした瞬間、僕は取り囲まれた。