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僕らの裏魔界都市  作者: 桜鼠
第1章 シロツメクサの花冠
4/5

1.午前一時  3

部屋の姿見の前に、美湖都の部屋から持ってきた姿見を持って立つ。

大きな鏡でよかった、50枚は余裕で数えられそう。


スマホの時計が午前1時を示した瞬間、合わせ鏡を作った。


「1、2、3、4、5…………」


隣から覗き込んだ僕が映る鏡を、何枚も数えていく。……緊張で数わからなくなりそう。


「47、48、49…………ごじゅっ、え?」


本来なら、全ての鏡に僕が映っているはずなんだ。なのに、50枚目の鏡には、魔女が映っている。


銀髪で、紺色の長いワンピースに、同じ色のとんがり帽子。帽子のせいで顔が口元以外全然見えない。けど、間違いない。彼女は、一般的に魔女と呼ばれる姿をしている。


51枚目からは、また僕が延々と映っている。


琉斗が言ってた50枚目の僕、ではないけど……この魔女が何者だろうと僕の願いを叶えてもらおう。


「お願いだ……美湖都に会わせてくれ!」


魔女は僕の言葉を聞いた瞬間、ニヤッと笑った。彼女は、懐からアメジストのような宝石がついた杖を出した。それを振るった瞬間、眩い光が放たれた。


「まぶし……ッ!」


光は徐々に強さを増していき、やがて目を開けられなくなるほどの威力となった。

目を閉じた瞬間、ずっと会いたかったあの子の顔が見えた気がした。




────────────────────




気が付けば真っ暗な場所にいた。上下左右全てが、黒の世界。かろうじて、自分が立っているという事だけがわかった。

と、言うか。


「何が『50枚目に映った君が、君の願いを叶えてくれる』だ!! 50枚目に映ったの僕じゃなくて魔女だったよ!? 何あれここ何処!」


子供のように地団駄を踏みながらぼやいた。けれどそれでどうにかなるわけでもない。

これからどうするか、と考えた瞬間。小さな光が遠くの方に浮かび上がった。


「帰れるパターンか、殺されるパターンか…………」


こういうのって大抵罠だったりするんだよなあ。それか、本当に悪魔に魂を売り渡す事になるか。


いいや、覚悟はとうに決めていたはずだ。僕は光に向かって歩き始めた。

これが罠で、願い云々の前に殺されたりでもしたら、琉斗一生許さんからな。


光は思っていたよりも遠くなくて、あっさりと近付いてしまった。


「え………………」


近付いた光は徐々に人の形になり、やがて僕の会いたかったあの子になった。


「みこ、と?」


目を開けて僕を見つめる美湖都。

目が合った瞬間、心臓が痛いくらいに鳴り始めた。


僕と同じ茶色の髪は、幼かった頃より随分伸びて、高いところで結っている。

その紅い瞳も、僕と同じ。くりっとしてて、全然変わってない。


着物を着ているその背丈は、きっと中学生ぐらいだろう。美湖都が生きているのなら、今は12歳。


僕の記憶の中の美湖都が、そのまま成長した感じだ。

ああ、君はそんな風に成長するんだね。

ずっと見たかったその姿を見て、泣きそうになった。


僕も美湖都も、動かないし瞬きすらしない。それでも、お互い息をしてるから、これが現実なのだと思わされる。


ああ、生きていてくれたのか。今、僕の目の前に美湖都は確かに存在している。

なんて声をかけたらいいんだろう。そう悩んでいたその時。

ずっと黙っていた美湖都が口を開いた。


「お兄ちゃん」


そう、昔と変わらない、でもちょっとだけ大人びた、鈴が転がるような声で僕を呼んだ。けれど、その顔は全然違う。

まるで、心底憎む相手を見ているような表情。


そして美湖都は


「お兄ちゃんの所為なんだよ?」


まるで光が灯っていない瞳で僕を見つめて、そう言ったんだ。


「お兄ちゃんの所為で私、死んじゃったんだよ? 本当ならこんな風に、可愛い制服を着て毎日楽しく過ごせたはずなのに」


ふわりと一瞬で、着物がセーラー服に変化した。それは、僕が昔通っていた中学校の女子制服。ちなみに男子は学ランだった。


いや待て、今何て言った? 『死んじゃった』? そうか…………美湖都は、美湖都はもうこの世にいないのか。


神隠しだと思ってた。いつかひょっこり帰ってくるって、ずっと信じていたんだ。けど……美湖都はもう……。


「学校だっていっぱい行きたかったし、もっともっと、生きていたかったのに」


「美湖都…………」


確かにそうだ、美湖都の言う通り。僕があの日、もっと早く帰っていたら。美湖都は生きていたのかもしれない。いいや、そもそも学校で待っていてもらえば………………。


後悔が、焦燥が、怒りが、悲しみが、絶望が、苦しみが。様々な負の感情が僕の中で渦巻く。


「美湖都、ごめん、ごめんね。謝って済むような話じゃないけど……本当にごめんね」


美湖都は、先程から顔色一つ変えず僕を見ている。ああ、僕はこの子に、そんな顔をさせたかったんじゃないんだ。ただ、笑っていてほしいだけだった。


なんて、取り返しのつかない事をしてしまったんだろう。でも、一つだけ言わせて欲しい。














「─────君は誰だ?」



















「え? な、何を言ってるのお兄ちゃん? 私は美湖都だよ?」


美湖都の瞳が、揺れた。


「……美湖都じゃない。お前が美湖都じゃないのは、最初からわかってたよ。誰だ? さっきの魔女? だとしたら、すごくいい度胸だよね。僕の前で美湖都に化けるなんてさ」


そう言うと、美湖都の偽物は焦り始めた。必死に言葉を取り繕っているけれど、無駄だ。


「きゅ、急に成長したからわからなかっただけだよね? だって私は」


「もう黙れよ」


人生で一番低い声が出たと思う。僕の前で、僕の最愛の子の真似をするなんて、許せない。


「どうして!? アンタの心の中の痛いところ突いたのに! 何で騙されないわけ!?」


「美湖都はさ、確かに僕のせいで死んだのかもしれない。けどね、美湖都は何かを誰かの所為にするような子じゃないんだよ。自分が死んでしまったとしても、ね」


例えば、僕と一緒にお菓子を作った時。オーブンの時間設定を、僕が間違えて教えた事があった。もちろん、美湖都はちゃんとその通りにやるから、お菓子は少し焦げてしまった。


その日は美湖都が好きなアップルパイだった。とっても楽しみにしていたのに、申し訳ない事をした。ごめんね、そう言っても、確認しなかった私が悪いんだよって。


美湖都は、そう言うんだ。決して、誰かの所為にするような子じゃないんだ。


「…………くそっ!」


美湖都の偽物は、ポケットからアメジストの杖を取り出し、思いっきり振り下ろした。


杖は光り輝き、真っ黒だった世界に亀裂が入り…………世界が、割れていった。




────────────────────




「う…………」


目を開けると、部屋はまだ仄暗かった。

あれ、何か柔らかいものが頭の下にある気が……?


「お兄ちゃん」


「みこ……と?」


頬を両手で挟まれ、顔を覗き込まれる。

その子は、さっきの美湖都の偽物とそっくりだった。でも


「みことぉ……!!」


この子は本物だ。愛おしそうに微笑みながら、僕を見つめてくれている。ああ、その顔だよ。僕がずっと見たかった、美湖都の顔は。


美湖都の瞳に映る僕も、だいぶ表情が緩んでいる。


「見分けてくれてありがとう、お兄ちゃん。大好き」


僕の額にキスをして、抱きしめてくれた。

今度こそ、言いたい事を言いたいのに、酷い眠気が襲ってきた。


「まだ、眠っていていいんだよ」


スッ、と目を掌で覆われる。また暗くなった視界。だんだんと眠気が襲ってきた。


僕が微睡みに片足どころか両脚を突っ込んでいると、美湖都は僕のベッドから枕を取ってくれたらしい。


「ばいばい、お兄ちゃん」


「…………いかな、で……みこ…………」


「大丈夫だよ。きっとまた、会えるから」


その声が、半分意識のない僕の頭に響いてきた。


「待っ……!」


がばっと起き上がると、外はもう明るかった。

合わせ鏡をしたのも、美湖都に会ったのも、全部夢だったんじゃないかって疑った。


けど、姿見は(割れずに)床に置いてあったし、僕枕持って寝てた。それに、かけた覚えのないタオルケットまで。かけてくれたんだな。


僕の妹天使かもしれない。ほんと可愛い。

でも、それよりも。


「美湖都は生きてる……また、会えるんだね」


鏡に向かって呟いた。下から母さんの声が聞こえてきて、急いでリビングに向かった。


明日からの学校も、もう不安はない。


「ありがとう、美湖都」





******************

【おまけ】




律が部屋を去った後、姿見から二人の女性が出てきた。一方は美湖都と呼ばれた少女で、もう一方は合わせ鏡に映った魔女だ。

ただ、その顔は深く被った帽子のせいで窺う事は出来ない。


「ふふっ、お兄ちゃん。こちらこそありがとう、だよ」


美湖都の瞳には薄っすらと涙が滲んでいる。


「ほんと何よあいつ!! せっかく変身の最上級魔法覚えたのに! 試した甲斐もない!」


「お兄ちゃんは、私の事が大好きだもの」


美湖都は誇らしげに、笑いながらそう言った。


キーッ! と憤る魔女をまあまあと宥めながら、美湖都はある事について考えていた。

それに気付いた魔女は、どうしたのかと問う。


「お兄ちゃん大丈夫かなぁ。ちゃんと、こっちに来てくれるかな」


「そのために琉斗を差し向けて、合わせ鏡をやらせたんでしょ。大丈夫、私の魔法を見破った奴よ? 見破れなかったらあそこで始末するつも」


「お兄ちゃんをどうするって?」


物騒な物言いの魔女に、絶対零度の視線を向ける美湖都。震え上がった魔女は言い方を変えた。


見破れなかったら、律の見える力をなくしてやる、と。


「見えなくなっても、お兄ちゃんは私を見つけてくれると思うよ」


「アンタら…………生粋のシスコンブラコン兄妹だわ」


「そりゃあ、世界で一番素敵なお兄ちゃんですから!!」


どやぁ、と胸を張る美湖都。きっとこのセリフを聞いた律は号泣するだろう。


「でもさ? お兄ちゃんは琉斗が言ってた人に会えるだろうけど、あの人が言ってた人に会うチャンスなんてゼロだよ? そこはどうするの?」


「ん? ああ、まずは律と琉斗の子に来てもらわないとね。そっちは二の次でいいわよ」


「可哀想な言い方…………でもそれが一番だもんね。会えたとしても、こっち側から還ってこれなかったら最悪だし……ん?」


と、話している途中で美湖都の目が写真立てを映した。向日葵畑で撮った写真。


シロツメクサの花冠を被った美湖都を、後ろから律が抱きしめている。

きゅうっと、美湖都の胸が締め付けられた。


「あの幸せな日々を取り戻すために。みんなの幸せのために…………もうしばらくばいばいだね、お兄ちゃん」


階下から聞こえてきた律の声を聞き、二人は鏡へと戻っていく。


「しっかりやりなさいよ、この私が予言した救世主君」


鏡の中から魔女がドアを振り返り、妖しげに笑った瞬間。二人の姿は鏡から消えてしまった。


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