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僕らの裏魔界都市  作者: 桜鼠
第1章 シロツメクサの花冠
2/5

1.午前一時  1

美湖都がいなくなったのは、僕が8歳で、美湖都が6歳だった時。夏と秋が入り混じったような、そんな日だった。


まだたった6歳の美湖都を、一人で家に帰すのが心配でたまらなくて、いつも僕の帰りを待っててもらって、一緒に帰っていた。


学校で待ってくれている時もあれば、家の近くにある公園で待ってくれている時もある。その公園は、ちょっとした散歩コースもあるほど広くて、子どもが遊ぶにはもってこいの場所。


その日もいつも通り、美湖都に待ち合わせ場所である公園で待っててもらったんだ。

けれど、それが間違いだった。学校で待っていてもらえばよかったんだ。

少し遅くなった帰り道、小走りで公園に向かったけれど、そこに美湖都の姿はなかった。


いつも美湖都が座っているベンチには、ランドセルが置いてあって、地面には読んでいたであろう本が落ちていた。

目の前が真っ暗になった。世界から音が消えて、僕一人だけになってしまった気分。


「みこ…………と………………美湖都!」


震える声で名前を呼んでも、何処にもいない。何度も何度も、涙が出ても声が枯れても、呼び続けた。

夜になっても家に帰らない僕らを心配して、母がやってきた時、大騒ぎになった。警察もやってきて、僕は事情を聞かれたけれど、何て答えたかは覚えていない。


ただ、美湖都がいなくなってしまった、そんな事実が僕の中で渦巻いていた。受け止めたくなかった。

美湖都は今も何処かで笑っていると、幸せでいると、信じていたかった。


「行かないで、一人にしないで」


僕は今も、真っ暗な闇に手を伸ばす。


「美湖都」


最愛のあの子の名を呼びながら。




────────────────────




「!」


目を開けると車の天井が視界に映った。どうして車に乗っているのか、と一瞬混乱したけれど、引っ越し先に父さんと母さんと向かっている事を思い出した。

ああ、もう高速を抜けていたのか。


「律? 魘されてたみたいだけど大丈夫?」


助手席に乗っていた母さんが振り返ってきた。


「あ……だ、大丈夫! 何か変な夢見たっぽいけど、忘れちゃったし!」


「そう? ならいいんだけど」


「もし覚えてたらすぐ言うんだぞー、変なモノ寄ってくるしな」


「うん、わかってる。ありがとう」


母さんが南雲雪子なぐもゆきこ、37歳専業主婦。

そして父さんが南雲港なぐもみなと42歳、パイロット、童顔。


僕の家系は、何故か不思議なモノが見える家系で、小さい時から時々変なモノを見てきた。

けれどだいぶその力も弱まってきたのか、僕には白か黒のモヤモヤしたものが見える程度だ。


それでも見える人は珍しく、奴らは悪夢を見た、見える人間を好んで取り憑こうとする。

だから、悪夢を見たときは誰かに話して、変なモノを【放す】というわけだ。


「それにしてもこの街に土地を買えたのはラッキーだったわね」


「やっと落ち着いた暮らしができるようになって、安心したなあ。付き合ってくれた雪や律には申し訳ない事したよ」


「あたしはいいのよ、好きで港にくっついてってるし」


「僕も全然苦に思ってないよ、むしろ色んな所に行けて楽しいし」


「こんなにいい家族を持てた僕は幸せすぎる……!」


きっと前世で徳を積んだに違いない! と喜ぶ父さんは、昔から転勤の多い人だった。

パイロットだからって言うのもあるんだろうけど、急な転勤は当たり前のようにあった。


家族が離れ離れになるのが嫌な父さん、父さんについて行きたい母さん。そんな二人について行った僕。

転校ばかりして、友達はほとんどいない(高校デビューしようとしたけど、やり方分からずぼっちデビュー)。


けれど、しばらく転勤がないみたいだから、小学生の頃に住んでいたこの街に、土地を買って、家を建てた。


当然、僕の学校も変わる。7月の後半、もうそろそろ夏休みだろう時期だけど、関係ない!

今度こそ友達を作ってやる!!


新居に到着後、見とれる暇なく即入居作業が始まった。


「ありがとうございました!」


業者さんに家具を設置してもらい、それが終わったら荷物整理。

ダンボールまで運んでくれた。あんなにあったのに、すぐになくなってしまった。やっぱり業者さんってすごい。


まあ、美湖都の荷物は全部僕が運んだけれども。


二階一番奥が僕の部屋で、隣が美湖都の部屋。あとリビング。それと、何故かテンション上がった両親が、書斎なるものを二階に作った。


一階は両親の部屋と風呂と客間(これもテンション故に作られた)。


三階はシアタールーム(これも、言わずもがな)。

なんと地下まであり、そこはワインセラー。とにかくこの家は両親のテンションの高さ故に作られた、世界にたったひとつの家だ。


「今日からはずっとここに住むことになるのか……」


部屋のダンボールを開けながらそう呟いた。


黙々と荷物を片付けていたら、いつのまにか夜になっていたようだ。夏は日が沈むのが遅いから、時間感覚なくなるよなあ。


「律ー! ご飯食べちゃお! 休憩大事よ~」


「今行くー!」


返事をしながら部屋を出ようとして、隅に置いた美湖都へのプレゼントが目に映った。


6年前から買っては溜まっていくプレゼント。

クリスマスに、お正月に、誕生日に、何でもない日に、美湖都が好きそうだなって思って、色々買った。


そして、机の上に置いた七年分の手紙。


今はどうする事も出来なくて、下に降りて夕飯を食べる事にした。


母さんが引っ越しそばを年越しそばって言い間違えて、しばらく笑いが止まらなかった。




────────────────────




お風呂から上がって部屋に戻ろうとしたら、美湖都の部屋のドアが少しだけ開いているのが見えた。


何かと思って開けてみると


「父さん…………母さん…………」


ベッドの上にたくさんのプレゼントが。置ききれなかったであろう物は、床に置いてある。

机の上には手紙やお年玉が。


全部二人からのプレゼント。そして昔と何も変わらない、美湖都の部屋の内装。あの日から全く入らなくなったこの部屋は、家具の配置や何もかも僕の記憶と一致している。


僕がお風呂に入っている間に二人がやってくれたんだ。

僕も、部屋にあるプレゼント全てここに持ってこよう。


何回かに分けて運んでいるうちに、涙が溢れてきた。両手がふさがっているから拭えず、包装紙に染み込んでいく。きっと美湖都は帰ってくる。今も何処かで生きている。もう一度、会いたい。そんな思いが溢れた。


全部運び終わると、美湖都の部屋はプレゼントで溢れかえってしまった。

仕上げは机の上に置いた写真立て。僕のとお揃いだ。


「美湖都、お願いだ。生きているなら、早く帰ってきて」


どうかまた、僕らにあの笑顔を見せて。


自室に戻り、ベッドに倒れ込む。カーテンが開けっ放しになっていて、月明かりが部屋に差し込む。

今日は満月らしく、いつもより外が明るい。それでもカーテンを閉める気にはなれなくて、そのままにしておいた。


目を閉じても思い出せる。


「お兄ちゃん」


笑いながら僕を呼ぶ美湖都の姿が。


僕は寝ても覚めても手を伸ばす。脳裏に浮かぶ、美湖都の姿を追い求めて。


いつも何も掴めず……ただ宙を切るだけなのに、今日は何かが指先に触れた。

驚いて目を開けると、一羽の蝶が僕の指に留まっていた。


「炎の……蝶!?」


青白い、けれど不思議と熱くない炎で出来た蝶。やがて指から離れ、ヒラヒラと部屋中を舞い始める。


だんだんとその体が紅くなっていく。その色はまるで、僕と美湖都の瞳の色のよう。


「美湖都…………」


再び手を伸ばすと、蝶は僕の指に少しだけ触れて…………消えてしまった。


けれど消える間際


「お兄ちゃん」


僕を呼ぶ美湖都の声が聞こえた気がした。



────────────────────


何かの夢を見ていた気がした。意識が覚醒したせいか、忘れてしまったけれど。

いつもなら夢は覚えていられるのに。まあ、いいか、起きないとな。


微睡んでいた目を半ば無理やりこじ開けた。目を開けると知らない天井…………っていうの、一回やってみたかったんだよな。引っ越し万ざ……ん?


朝にしては、やけに部屋が暗い。カーテンを閉めずに寝たから、朝日が差し込んできているはずなのに。


不審に思って窓を見ると


「……!」


目が、合った。


「ミ、ツケ………………タ」


ここは二階で、一応ベランダはあるけれど、こんなの絶対人じゃない。全身真っ黒で、目が異様に血走っている人間なんて、いてたまるか。


ソイツはカタカタと小刻みに窓を揺らす。

あれ、これもしかして…………入ってこようとしてる!?


目を離したらやられる気がして、ソイツからは一切目を逸らさずに後ずさる。

人って本当に驚いた時は声すら出ないんだよ、これ本当。


本当は、見えてないフリをしなきゃいけないんだけど、もう遅い。ガッツリ目合ったし、驚いたって顔に出ちゃってるし。真顔でスルーできるスキルが欲しいな本当。


「ぅわ!?」


ガタンと激しい物音を立てながらベッドから落ちた。声も出せずにわたわたと、部屋から出る。

部屋のドアを閉めるまで、ソイツからは絶対に目を離さなかった。


ガチャ、とドアが閉まったのを確認してから


「かっ、母さん! 父さん!! 塩ッ!! 塩持ってきてッ!!」


腰が抜けて立ち上がれなくて、四つん這いになってリビングまで向かう。

階段転げ落ちたけど、奇跡的に無傷な僕を誰か褒めて欲しい。


「律!? どうしたの!?」


「部屋!! 黒いの!! こわっ!!」


「いや、四つん這いになってざかざか階段降りてきた律の方が怖かったよ!?」


ちょっと落ち着きな、と母さんに言われ深呼吸。最初は上手く息を吸えなくて、時々涙目になりながら咽せた。落ち着いた頃、ベランダにいた黒いソイツの話をした。


「うえええ、何それやだ気持ち悪い」


「律、ソイツは今部屋にいるのか?」


途中から父さんも加わり、塩を持ち3人で恐る恐る二階まで行く。


部屋の前に着くと、バクバクと心臓が高鳴ってうるさい。けれど部屋……いいや、この家に悪戯をされても困る。

意を決して、ドアを開け放った。ソイツはいつの間にか部屋に侵入してきていた。器用にも、鍵を内側から開けたらしい。


「え…………」


「ア…………」


目が合った瞬間、ソイツと僕の双方の動きが止まった。すると、ソイツは手から何かを落とした。


「ワレチャウ…………」


慌てて拾おうとした物。それは


「その写真立ては落ちても割れない飛散防止フィルム付き防弾ガラスじゃボケェェェェェ!!」


父さんが持ってくれてた塩を鷲掴みにして、ぶちまけてやった。美湖都の写真に、お前如きが触って許されると思うなよ。


「ヤメ…………テ」


僕の方に手を伸ばしてきたけれど、その手が届く事はなく、塵になって消えてった。塩すげえ。

写真立てを拾い、元あった場所に戻した。一応、塩を軽くかけてから。


「律…………そのガラス、どうしたの」


「飛散防止フィルム付き防弾ガラスって聞こえたんだけど……」


「ああ、今までのお小遣いとかバイト代の貯金だよ。割と持ってるんだ」


確か美湖都貯金は残高が20万近くあったはず。


「それにしても、新居にいきなり現れるなんてねえ」


「新しいからこそ気になったんじゃないか?」


そうかも、と返事する母さんの手にはホウキが握られている。


「さて、出ちゃったものは仕方ない! 祓っちゃうか。港、律。しばらく大人しくしててね」


返事をして、部屋を出て行こうとして気が付いた。僕寝間着じゃん。

クローゼットから着替えを持って、母さんに【お掃除】をお願いした。


洗面で着替えて、散歩に出る事にした。どうせ母さんの【お掃除】は数時間はかかるだろうし。

外に出て数分後。朝ごはんを食べ損ねた事に気が付いた。


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