見逃した災厄
「……っ!」
「ガァァァァ…!」
志度を庇うように現れた霞は、化け物の攻撃を朝飯前と言わんばかりに簡単にいなす。
標的を失った化け物の拳は、そのまま力無く空を切った。
「はぁ……!」
目の前でバランスを失った敵をみすみす見逃すほど、霞の判断は甘くなかった。
無防備な腹部を蹴りあげ、そのまま軽く離れたところまで吹き飛ばす。
「来い、パンドラ…」
化け物が背中から着地している間に、霞が空中に指先で線を描く。その線が裂け目になり、周囲の小さな空間が底の見えない黒色に染まる。
霞は躊躇いなくその黒色に染まった空間に手を突っ込み、何かを探るように腕を動かす。
そしてその空間から腕を抜いた時、黒と紫がぐちゃぐちゃに混ざった禍々しい大剣がその手に握られていた。
「で、あんたの敵は俺らか?」
冷静に落ち着いた霞の声。そこに微かに怒気を感じるのは、いつものことだろうか。
ゆっくりと立ち上がり始めた化け物の身体へ、静かに霞が大剣の切先を向ける。
「グルルル……ルララァァァァァ!!!」
霞の問への答えは、獣の叫びと共に突進し始める化け物の姿で十分だった。
「敵だってんなら、何だろうが殺ってやる」
…遅い、遅すぎる。
陽人と志度にとっては一瞬に思えた化け物の突進も、今の霞にとってはスローに感じられる速度だった。
突進してくる化け物にゆっくり歩み寄っていき、わざとヤツの反応に合わせた速度で剣を振る。
「ガ、グガァ…!?」
それでも化け物にとっては早かったのか、間一髪のところで霞の大剣にしがみつく。
「…バカが」
目の前で見事に罠にかかった化け物を貶しつつ、化け物ごと大剣を振り回す。
「ガ…!?」
予想外だったのか、不意を突かれたような声を発しながら振り回される化け物。
そのまま大剣を地面に叩きつけ、化け物の指を完全に切り落とす。
「ギャァァァ!!!?」
一瞬人かと疑うような叫びを上げながら、地面に沈む化け物。大剣を持ち上げると、そこには切り落とされた指と力無く倒れている化け物の本体が残された。
「一瞬だったね…」
霞が振り向くと、全身を引きずりながらこちらに歩いてくる志度の姿があった。
「…無様だな」
「君も、人のことは言えないじゃないか」
志度にそう言われて自分の服を見てみる。全く意識していなかったが、コレーとの戦闘で制服はひどい有様だった。
「黙れ。貴様よりはまだマシだ」
全身の傷から見るにお互い様のような気がするが、それでも霞は強がる。
正直、霞の身体の限界もすぐそこだった。
「そもそも、何なんだあの無様な様は。そこまで苦戦する相手でもなかっただろう」
「霞くんにとっては弱かったかもしれないけど、僕にとっては苦手すぎる相手だったんだよ」
少し元気になった様子の志度と軽く貶し合う。霞にとっては死にそうな顔を浮かべる彼の顔を拝むよりはいくつか気が楽だった。
「…大体、何なんだこいつは……!」
霞が、先程大剣で叩き付けたところを指差す。
だがそこには、化け物の形に沈んだ地面があるだけで、ヤツ本体はいなかった。
「…おい、これは……」
「……霞くん、急いで探そう」
みるみる顔色が変わっていく志度。焦燥に溢れた彼の顔を見た霞も、もしかしたら同じ反応をしていたのかもしれない。
戦闘の疲れも厭わず、二人とも森の同じ方向へ向かい始めた。




