微妙に嵌らないピース
「グガぁぁぁ!!!!」
「オラァァァァァ!!!!」
森中に響く二つの叫び声。今まである程度平静を保っていた志度も、今はまるで理性を失った野獣のような咆哮を上げていた。
鉤爪と刀が交わる度、二人の間に鼓膜が裂けんばかりの金属音が鳴り響く。
その音は森の至る所で発せられた。クレーターのすぐ近く、森の中に数カ所ある湖の畔…そして合宿で寝泊まりしていた小屋の近くなど、二人の底の無い体力が続く限り山の隅々で起こっていた。
そしてしばらくの時間が経ち、二人が鍔迫り合いで止まったのは丁度洞窟の目の前だった。
「コフゥゥゥ…コフゥゥゥ……」
「フゥゥゥ…フゥゥゥ……」
お互い至近距離で顔を見合わせる。まるでキスでもできそうなほどの距離で、シドの心中では少し焦りが顔を見せていた。
(まずいな…。対等ではいるけど、決定打もコイツを出し抜ける手段もない…)
言動とは裏腹に、志度の思考は比較的冷静だった。ただ敵を殺すプランを淡々と組み立てている。
志度の最高速度と変わらない素早さ、陽人を殴るときに見せた異常な機動力…そして今も感じる、気を抜けば突き飛ばされそうな筋力。正直巨大な方がよっぽ戦いやすかったのではないだろうか。
(こうなったら…)
「…命を灯す篝火、感情を煽る業火。ここに具現し、敵を屠る一つの材となれ。“ブレイズ”」
志度はボソボソと魔法を詠唱する。強くなくていい。志度にとっては、相手が一瞬でも隙を見せてくれればよかった。
突如、志度の刀が炎を纏う。それはあまり大きなものではなかったが、化け物は少し大袈裟に仰け反って身体を離す。
(炎が苦手なんだね)
予想以上の化け物の反応を冷静に分析しつつ、魔法を出した本来の目的を遂行する。
「情報提供ありがとう。そのまま消えろ」
志度が久々に口にした言葉は、感情のない無慈悲な勧告だった。
化け物が冷静を取り戻す前に、忌々しい右腕をすぐに切り落とす。
「グアアァァァァ!!?!?」
腕を切り落とされた化け物が悲鳴のような鳴き声をあげる。その声を聞きながらすぐに左腕も分離させようとする。
「な…!?」
ただその刀が左腕に当たることは無かった。
切り落としたはずの化け物の右手が、志度の刀を握っており、完全に動きを止められた。
「グルルル……!」
そのまま握りつぶされる刀。「ドスッ」と身体の内側から鈍い音が鳴り、視界が化け物から離れていく。
「がっ……!」
一瞬攻め切れると判断した自分が恨めしい。
少し遅れて響く鈍痛と、重力を無視して空中で水平移動する身体に意識を宿しながら、激しい悔恨が脳を過ぎる。
「カハッ……!」
少しして背中にも大きな衝撃。空気の塊と一緒に意識が飛びかけたが、必死に繋ぎ止める。
「うっ、うあぁぁぁ……!」
朦朧とする意識の中で必死に立ち上がる。どこからか生温い液体の感触が走るが、そんなもの関係ない。
一瞬で大きく状況が変化した。志度が有利だったのはほんの一瞬で、一気に絶望的な窮地に立たされた。
「はぁ…はぁ……」
目の前でほぼ無傷な化け物が、いやらしく顔を歪ませながらこちらへ向かってくる。
あぁ、陽人くんは無事だろうか…。この状況で現実と関係ないことを考え始める自分の脳に呆れながら、視界の端端まで情報を得ようとする。
「……え?」
化け物が間近まで迫った時、志度の前に人影が立ち塞がる。
「何やってるんだよ…ここでくたばられたら承知しねぇぞ」
目の前で突如、舌打ちと共に低い声が志度の耳を打つ。
「霞……くん……?」
相変わらずイラついているような声。所々破れた制服が静かに、でも堂々と存在を主張していた。




