血に染まった森
「陽人くん!極力ヤツの目に付かないように、背後とか狙って!」
陽人が化け物の周囲を飛び回っていると、下から志度の叫び声が聞こえた。
「志度さん!もういいんですか!?」
もう戦略に必要な情報とやらは集まったのか?陽人の気になった回答は案外すぐに返ってくる。
「うん!それに、もうこれ以上ヤツを暴れさせる訳にもいかない!今僕たちだけで仕留めるよ!」
志度が力の込もった声を出す。その声に反応した化け物が陽人の姿をしっかりと捉える。
「やっべ…!」
直後陽人の視界に迫り来る巨大な拳。空中で避ける術のない彼の脳裏に過ったのは理不尽な“死”だった。
「僕の前で…そう簡単に自由にできると思わないでよ…!!」
化け物の拳の方を無抵抗のまま見ていると、視界の中に突如として現れた人があった。
その人は砂で汚れたジーパンとジャージの上着を着ていた。
「志度さん!?」
志度は、陽人に迫っていた拳に刀を突き立て何かをボソボソと呟いていた。
「死への雫…それは万に干渉を許され得る唯一の手段、唯一の秘技。全ては神に捨てられた哀しき者の末路に帰結する。踊り狂え。叫び、足掻き、何もかもを地底へと引き摺り下ろせ。血術第三、“復讐”」
突如、陽人の五感は全て奪われた。
轟音、朱殷、血臭、鉄味、そして生温い風が全身を這い回る。
「うっ……」
脳が拒絶反応を見せ激しい吐き気を催す。
逃げ出しそうな意識を必死に握りしめ、ゆっくりと脳を動かし始める。
「なんだ、これ……!?」
落ちていく身体に合わせるように、視界に化け物の姿が見え始め……る事はなかった。
「……!?」
違和感に気付いた陽人は必死に目を動かし始める。
(どこだ、ヤツはどこへ消えたんだ…!?)
数秒の捜索の末、“恐らく”ヤツであろうものを見つけた。
そう、志度の放った攻撃の向こう側…そこにウロコに包まれ、人のシルエットをした何かを発見した。
「志度さん!逃げて、早く!!」
背中に冷たいものが走った陽人は、必死に志度に叫ぶ。
ただ志度の耳には届かず、ニヤリと笑ったヤツが正面から志度に突撃する。
「志度さん!!!」
陽人の必死の叫びは志度本人にこそ届かなかったが、別の人には届いてくれた。
目を見開いて驚く志度、彼の目の前を通ったのは風の塊だった。
「グゥゥゥゥ…!?」
「…桜さん!?」
化け物の反応に一拍置いて、志度の脳の処理が追いついた。
あれは彼自身も何度か食らった事のある、吹き飛ばしに特化した矢だった。
そんなものを撃てるのはここには桜一人しかいない。
「志度先生、ボーッとしないで」
志度が矢の飛んできた方を見ると、木陰に隠れている桜が顔を顰めて叱責した。
「ごめん、ありがとう!」
桜の言葉に感謝を述べ、そのまま陽人の目の前に着地した。
「志度さん、大丈夫ですか!?」
「うん、怪我はしてないから大丈夫。それよりも…」
志度が化け物が落ちていったであろう方を見る。
陽人も同じ方向を見てみると、そこにはゆっくりとこちらへ向かう人間サイズのトカゲ人間がいた。
「嫌な予感しかしないね…」
心なしか、志度の声がいつもより低く響いて聞こえた。




