逃げるように捨てた決意
「ゲホッ、ゴホッゴホ…うぅ、これは予想以上だなぁ」
何とか直撃は免れたが、衝撃には巻き込まれたらしい。口の中でジャリジャリと不愉快な音がする。
「でもそっか、割と原始的な攻撃なんだね」
逃げる際に一瞬だけ捉えた化け物の姿。それは、大きく拳を振り下ろしてきているだけだった。
大きな硬い鱗で覆われた爬虫類特有の手を丸め、それで殴ってくる姿に少し萌えを感じたが…恐らくこんな呑気なことを考えているから、今こうやって土を食べる羽目になったのだろう。
「さてさて、威力の方は?」
化け物が殴ってきたところを見る。そこは木々も何もかも粉砕されており、薄暗い鬱蒼とした森に明るい日光を与えてくれていた。
「なるほど、一点集中でこの威力か…しかもあれだけの隙がある。…化け物っていうより巨大な菜季戸くんって考えた方がいいかも」
頭の中で、前回の個人遭遇戦一位の男を思い出す。姿が大きく違う上、化け物の方がよっぽど危険な存在だけれども、今の志度には少ししっくりきた。
討伐法を考えていると、森の向こうで爆音が響いた。どうやらまたあの化け物が拳を振り下ろしたようだ。
少し心配だ。死んではないだろうが、もしかしたら重症を負ってしまっているかもしれない。
化け物に見つかりにくいように地面を駆け、ヤツの股下を走り抜ける。
「もういない…か」
灯台下暗しもいい所で、狙われることなくあっという間に二つ目のクレーターの近くまでたどり着いた。
だが、その周辺をいくら探しても陽人や桜の姿は見つからない。そこにあるのは、数滴の血痕だけだった。
地面に落ちている出血量や、誰ももうここにいない事から、重体ではないことは察しがつく。それでも、恐らく怪我をしている事実に心苦しさを感じる。
(流石に、自己中心もいい加減にしろって話だよね…)
持っていた刀をぎゅっと握りしめる。今更遅い自責に、もはや風すら同情してくれない。
もう招いてしまった事実も、始まってしまったこの戦闘も、今悔いてもどうしようもない。今の志度にできるのは、彼や彼女がせめて死なないように誘導することだけだった。
決意し目を閉じると同時に、首元に刀の刃を這わせる。そしてそのまま刀を引いて、自身の血を少し吸わせる。
「…血術」
刀と身体に、いつもと少し違う魔力を流し込む。赤黒く、禍々しく、忌々しい何かを。
十分にそれが流れたところで、刀を離して目を開ける。視界は先程までより色鮮やかで、遠くの砂一粒すらはっきり見える。
「現実ではもう使わないって、決めてたはずなんだけどね…。でも、今は僕一人の問題じゃないんだ」
まるで何かに言い訳するように独り言をこぼし、志度は高速で再度化け物の方へ向かい出した。




