圧倒的に劣悪な状況
「ほらほら!そんなところで何しているの!?」
志度が化け物の方へ向かいつつ大声で叫びかける。
化け物はのそりとそちらに振り返ってグルルと低く唸った。
(志度さんに気付いたか…?)
陽人は遠くから彼と化け物を観察しつつ、ヤツの背後に回り込もうと必死に枝を跳び回る。
「何とか回りこめ、た……!?」
化け物の巨大な背中に携えられた一対の小さな翼。飛ぶことなく衰退してしまったのか、到底巨体を宙に浮かせられる機能はなさそうだ。
それを確認した直後、視界の向こう側で何かが爆発したような轟音が鳴り響く。志度のいる方向だ。
何か嫌な想像が頭を過ぎ去り、すぐに確認しようと向かったが、まるでそれを見越していたかのように化け物がこちらを向いた。
「なっ!?」
陽人の場所も既にバレていたのか。グルルと低く唸る化け物の真っ黒な双眸が無慈悲にこちらの姿を捉える。
「やっば……」
逃げようと、来た道を引き返す。慣性の法則で脚の筋肉や腕が千切れそうになるが、そんな痛みに構っている場合ではない。
根拠のない恐怖が陽人の背筋を凍らせる。ヤツの攻撃方法、志度は生きているのか…それらどれも確認するためにも、今だけは必死に生き延びなければ。
体感で1分ほど逃げ回っただろうか。バキバキと何かを粉砕する音とともに陽人の背中に強烈な追い風が吹き荒れ、身体が空中に投げ飛ばされる。
「わ、わぁぁぁ!?」
直後に耳に響いた爆音。それは志度の元を襲った音に少し似ていて、背中越しに化け物の攻撃を受けたのだとやっと自覚する。
どちらかの耳で何かが割れた音がし、激痛が走る。それでも着地できそうな場所を必死に探し、何とか地面に降りる。
勢いのままごろごろと数回転し、何とか立ち上がる。色んなところに土が入りまくって正直今にでも脱ぎ捨てたいが、そんな時間はなさそうだ。
興味本位で吹き飛ばされた場所を見てみると、少し大きめのクレーターが出来ていた。その範囲にあった草木や枝はもちろん、表面に生えていた苔や落ちていた石すらも全て粉々になっていた。
「これは……」
もし逃げの判断があの時一瞬でも遅ければ、陽人の身体もここで粉砕されていただろう。
生唾をごくりと飲み込み、近くの枝に跳び乗って化け物の情報確認を再開する。
「志度さん、死なないでいてくださいよ…!?」
いつの間にか陽人の中に、志度の無事を必死に願う自分がいた。




