“刹那”を上回る刹那
「こいつ…!?」
音もなく迫り来る無数の剣戟。刹那の二つ名を持つ霞でも、その速度に対しては避けるので精一杯だった。
「先程の自信はどこへ行ったのです?」
コレーが刀を振りながら、相変わらず感情のこもっていない目で霞に問いかける。
「この……!」
目の前の小さな少女に手も足も出ない…。圧倒的な実力差に強い歯痒さを覚えながら、頭を少し横にずらす。
すると、霞の頬を少女の刀が鋭く撫でる。
(何なんだ、こいつは…?)
頬を伝う生暖かい液体がもはや汗か血かも分からない。深い傷さえ負ってはいないが、服も所々彼女の刀によって破れてしまっている。
「はぁ、はぁ……」
息が切れ始める。肺が膨らんで、強制的に胸が上下する。
そんな霞の状況を知ってか知らずか、コレーは全く息を切らすことなく、霞の足元を掬うように刀を走らせる。
「くっ……!」
霞はその刀から逃げるために、とっさに真上に飛ぶ。
それは、霞にとって今日一番の重要な選択だった。
「はっ…!」
胸元に迫り来るコレーの刀。空中にいる霞には、それを避ける術などなかった。
だが……!
「……っ!?」
コレーの紅い瞳が霞の前で初めて揺らぐ。
彼女の突き出した刀は、なぜか霞の胸に刺さる直前で動きを止めていた。
するとすぐ近くでドサッと音を立てながら、霞の持っていた大剣が地面に突き刺さる。
「さすがに、予想外だったみたいだな……!」
霞は、両手でコレーの刀を握りしめていた。
握ったままでもポタポタと滴り落ちる血液。恐らくもう両手とも使えないだろう。
なのに、痛みは全くない。これが脳内麻薬なのか…。そんな逸れたことを考えながら、コレーの刀から手を離して地面に着地する。
「想像以上のバカなのです。コレーが今まで見た中で一番のバカなのです」
コレーは力なく刀を降ろし、呆気に取られたような顔を見せる。
「俺だって同感だ。…だが、今なら不思議と勝てる気がする」
地面に突き刺さっていた大剣を片手で抜いて、ゆっくりと構える。
手に一瞬だけ痛みが走ったが、戦闘に支障は無さそうだ。
脳が今までにないくらい冴え渡る。視界も澄み切って、彼女の一挙手一投足も見逃す気がしない。
今なら……この少女をやれる。




