蝶の舞う少女
木々を縫うように走り抜け、声の主の元へ一人急ぐ霞。彼の顔にはすでに怒りは浮かんでおらず、ただ冷徹な目で視界の先の木々を観察していた。
「ヤツを殺して…あいつも、道連れに…」
霞の小さく開いた口から、呪詛のような言葉が漏れる。どうやら霞の心の中は、志度への冷たい殺意で満ちているようだ。
「っ…!」
ふと何かに気付いた霞が急にその場で立ち止まり、視線の先にいる小さな人影を睨みつける。
「…何の用だ」
霞の視界の先で、1人の少女が姿を見せる。木漏れ日に照らされる鮮やかな緑髪を紺の短いフードで隠し、藍色のミニスカートの浴衣が、彼女の白い華奢な肢体を際どい所まで晒していた。
明らかに只者じゃない…。彼女の纏うオーラからそう直感した霞は、大剣を構えて臨戦態勢を取る。
「何の用も無いのです。ただ、“おにいさま”に危害を加えそうな人を見かけたので、コレーが始末しにきただけなのです」
霞の耳に独特なウィスパーボイスが響く。コレーと名乗った彼女の声には感情など微塵も無く、その紅い双眸はまるでロボットのように無情に霞を映している。
「貴様…何者だ」
彼女の言葉を聞く限り、どう考えても温厚じゃない。霞はさらに睨みを効かせながら、警戒を最大まで高める。
「語る必要は無いのです。コレーがここであなたを殺す、それだけなのです」
コレーはそう言いながら、右手を真っ直ぐに伸ばす。
すると、どこからか緑色の蝶々が光を散らしながら無数に集まってきた。それらは彼女の前で隙間なく群がっていたが、暫くするとまた何処かへ散り始めた。
蝶々が全ていなくなった時、彼女の差し出していた手に握られていたのは…深緑の刀だった。
「神器、か…!?」
彼女の持っていた刀は、持ち手と刀身が完全に一体型の、少し特徴のあるものだった。
「あんな借り物と一緒にしないで欲しいのです。これには色んな生物の命が詰まっているのです」
「…死霊術の一種か…?」
「…少し話し過ぎたのです。あなたも、もう眠りにつく時間なのですよ」
霞の鋭い一言に一瞬言葉を詰まらせたコレー。淡々と話す彼女の高音には、やはり感情というものが欠片も見えない。
静かにコレーが刀に指を這わせる。すると指が触れた場所から発光しはじめ、彼女の無機質な顔を不気味にぼんやりと照らしている。
「コレーが、あなたの最期を看取ってあげるのです」




