生きて帰る保証はないよ
霞が姿を見せないまま朝食が終わり、今日の予定を志度が話し始める。
「じゃあ今日が最終日ということで、気合を入れていきたいとこなんだけど…」
言葉が詰まったように、志度は桜と陽人をそれぞれ見る。
「霞くんが居ないんだよねぇ…。何なら、僕と桜くんの2人で陽人くんの特訓でもする?」
「いや、俺殺す気ですか」
この男は何とんでもない事を口走っているんだろうか。志度1人でも歯が立たないのに、敵をさらに増やすなと言いたい。そして桜、真面目な顔をして悩まないでくれ。
「私は…大丈夫です、別に構いません」
「秋月さん!?あなたが構わなくても俺が構うんですけど!?」
桜のポツリとこぼした言葉に、つい大きく反応してしまう。
いやだって、この中で一番弱いの俺ですけど?そんな人をリンチにして良いんですか?泣きますよ!?
「あの、流石にそんなに俺をいじめなくても良くないですか…?あんまりいじめるなら教育委員会に訴えますよ?」
このままでは命が危ういと感じた陽人が、すぐさまこの場の最高権力者に脅しをかける。だが、現実はそう甘くないようだ。
「訴えられても構わないよ。僕は“生徒の可能性を引き出すためには必要不可欠だった”って主張するから」
胸を張って言い切る志度に、これ以上の抵抗が無意味と思い知らされる。何という無力感…。
そのまま今日の予定が確定したことで、2人に半ば引きずられるように森の中へ向かっていった。
「2人とも、止まって」
志度がそう言ったのは、森を歩き始めてそんなに経っていない時だった。
彼のほぼ聞くことのない真剣な声音に何かを感じ、桜と同時に足を止める陽人。
「…どうしたんですか?」
陽人も何か空気の変化を感じ、志度に説明を求める。
ただ、少し察しは付いているが…。
「森の中がおかしいんだ。僕たち以外に何かが動いている…。これはマズいことになった、特訓どころじゃないよ…」
やはり…。志度が語ったことは、陽人の察していたこととほぼ同じだった。
「でも、それって霞がどこかで特訓でもしているんじゃないですか?」
陽人はずっとそう思っていた。森が昨日より少し騒がしいのも、彼が魔力の特訓をしていると思えば納得がいくものだったからだ。
「いや…多分違うと思うよ。霞くんの魔力も感じるけど、全然違う種の魔力の方が濃く感じる…」
そう言ってどこかを強く見つめる志度。その視線に応えるように何かが3人の鼓膜を震わせた。
『………ゥォォォォォ………』
それは決して、地面が轟くような轟音ではなかった。遠くからやまびこのように聞こえるような…
「化け物の雄叫び…?」
桜がポツリと無意識に言葉をこぼす。
そう、雄叫びだ。それもこの世の生物全ての雄叫びに似て非なる声だった。
聞いた事のない声に少し恐怖を感じる。脳が『絶対に遭遇するな』と陽人に訴えかける。
だが…
「…志度さん。もしかしてとは思いますけど、この声の主って…」
「うん。僕の予想が正しかったら、この山に封印されているはずの…」
志度の言葉はそこで止まった。だが、情報としてはもう十分だ。
「こいつがこの森から出ない保証は…?」
「ない。むしろ絶対に出ると言い切っても良い」
やはり…と、陽人は心の中でため息をこぼす。
志度からの話を聞く限り、常に飢餓状態の化け物だ。ヤツが今は4人しかいない森の中をうろつく理由など、微塵も無い。
ではどこへ向かうのか。恐らく…いや、確実に森を降りて人を襲うだろう。
人を喰らい、家畜を喰らう…。底を知らない食欲が、きっと計り知れない被害をもたらす事は火を見るよりも明らかだった。
「ここで止めないと…マズイですよね」
「うん…止められないにしても、森から降ろす訳にはいかないよね」
陽人の言葉に、半ば肯定の意を示す志度。桜の方を見ると、すでに状況を察しているのかコクリと頷く。
「とにかく状況を探らないと何も動けない…。安全は保証できないけど、2人とも…僕に付き合ってくれるかい?」
志度の頼りなさそうな問いかけを、断る意思は2人には無かった。




