人が少ない合宿の朝
翌朝、寝心地最悪のフローリングにうつ伏せになっていた陽人が目を覚ます。覚ますのだが、思う様に身体が動かない。
「これ、完全にやっちまったか…?」
何とか身体を起こして背中を捻ったり首を曲げたりしてみる。すると凝り固まった陽人の身体から、パキパキッと小気味いい音が聞こえてきた。
どうやら桜の布団は敷けても、自分の布団を敷くほどの余裕はなかったらしい。直接床で寝たことで、ガチガチに固まった首や身体の節々が情けないことに軽く痛む。
「あの…日笠さん」
何とか立ち上がって、全身のあらゆる関節からパキポキと音を鳴らしていると、後ろから桜が話しかけてきた。
「秋月さん、おはようございます。身体痛くないですか?」
名前を呼ばれた陽人が振り返って軽く挨拶をする。その視線の先にいた桜は陽人より早くから起きていたのか、既に布団をしまって制服に着替えていた。
「うん、おはよう。気付いたら布団の上で寝ていたから大丈夫」
桜のその答えに少しホッとした陽人。やはりあの硬くて薄い布団でも、床に比べたらよっぽどマシらしい。
「それはよかったです。残り少ない体力を犠牲にして、秋月さんを布団の上に移動させた甲斐があったってものですよ」
「ということは、日笠さんが布団を敷いてくれたの?なのにどうして自分は床で…?」
「あ〜…桜さんを布団の上に移動させたら、いつの間にかぶっ倒れていたらしく…情けないことに、そのまま寝落ちしてました」
「そうだったんだ…ごめん」
どうやら桜は昨夜のことをほとんど覚えていないらしく、陽人は情けない事実をそのまま軽く説明した。
そして小屋の中をぐるっと見回してみる。どうやら今ここにいるのは陽人と桜の2人だけらしい。
「あれ、志度さんと霞は?」
「分からない。私が起きた時には、既に2人共ここにはいなかった」
首を振って桜が答える。もしかして、早くも森の中で自主練習でも始めているのだろうか?
「そうなんですね…。ちなみに桜さんはいつ頃から起きてたんですか?」
「えっと…大体、1時間前くらい」
陽人の質問に、スマホを取り出して答える桜。電波こそ届かないが、山の中で正確な時間が確認できるのはありがたい。
「ちなみに、今何時くらいですか?」
「今はちょうど8時40分。昨日朝食を食べ始めたのと同じくらいの時間」
そう言って桜は自分のスマホの画面をこちらに見せてくれる。可愛らしいウサギの壁紙とともに、確かにアナログ時計は8:40と表示していた。
平日ならHRが始まる時間だ。目覚ましがないとはいえ、普段6時半頃に起きている陽人がそんな時間まで寝ていたということは、やはり昨日は相当疲れていたのか…。
「なるほど…。とりあえず、テキトーに朝食作りましょうか」
時間を知って空腹を自覚し始めるのはどうなんだろうか。陽人は欲求の赴くままに、食料を保管している場所で何があるか物色し始める。
なぜかこの小屋には冷蔵庫というものがなく、基本的に食料は床下収納に詰め込んでいる。
志度が開けていた記憶を思い出し、その場所を開けてみると…調味料や痛みやすい食材、加工品や保存食に飲料水など、一目見て整理されていると分かるくらいに様々なものが綺麗に並べられていた。
「わぁ…めっちゃ綺麗にしてる」
あまりの整理整頓っぷりに言葉を失いながら、食材をテキトーに見ていく。
「食パンと卵とベーコンと…これでいいや」
何となく目に止まった食材を取っていき、桜にも一声かけてみる。
「秋月さんも朝食食べます?パンにベーコンエッグ乗せるだけですけど」
「食べたい…欲しい」
聞いた瞬間、いつもとは比べ物にならないくらいの目力でこちらを見つめる桜。そのあまりの素直さに少し苦笑しつつ「分かりました」と返す。
とりあえず2人分の食材を台所に出して調理の準備を始める。すると、玄関の扉がガチャリと開く音がした。
「ふ〜…。お、2人ともおはよ〜」
そこには、額に汗を浮かべながら大きく息を吸う志度の姿があった。




