平和な一日の終わり
「は〜…やっと一日終わった〜!」
練習が終わり、夕食や身支度も全て終えて、奥の部屋でゴロンと横になる。
ちなみに夕食も志度のお手製で、トンカツを作ってくれた。これもまた絶品で、サックサクの衣とその内側に濃縮された肉の暴力。ソースは材料の都合上市販のトンカツソースで戴いたが、それでも筆舌に尽くし難いほど良い出来だった。
(俺…こんな美味しいものばっか食べていいのかな。合宿終わったら舌が肥えすぎて自分の料理じゃ満足できなくなるんじゃ…)
まあ、もしそうなれば志度の家を尾行して上がり込むのだが…。
ちなみに、この小屋に風呂というものはない。ただシャワー室的なものが少し離れた所にあったので、テキトーな順番で浴びていった。
そしてずっと気になっていた、霞の選んだ下着なのだが…本当に開封すらしていない新品ばかりだった。サイズもちょうど良く柄もシンプルなおかげで合宿が終わった後も普段使いできそうで、とてもありがたい。
ちなみに確認のため、霞に下着の件を話してみたら
「処理は任せる、金もいらん。ただ、返却だけはやめてくれ。責任持って自分の家まで持って帰ってくれ」
と、少し長文の拒絶をもらったので、ありがたく予備の下着として頂戴しようと思っている。
ちなみにパジャマ代わりに黒いジャージも用意してくれており、今はそちらに着替えていて、あとは本当に寝るだけだった。
「……少し、夜風に当たってくる」
最後にシャワーを浴びたグレーのジャージ姿の霞が、徐にそう言って出入り口の方へ歩きはじめた。
ダイニングのテーブルで何か書類作業をしていた志度が「いいよ〜」と言った頃には扉に手を掛けていたので、恐らく志度の答え関係なく外に出るつもりだったのだろうか。
ガチャンと扉が閉まる音が響き、志度が書類をパラパラと捲る音だけが室内に残った。
「志度さん、さっきから何してるんですか?」
気になった陽人がとりあえず聞いてみる。すると志度は、ため息を一つついて答えてくれた。
「仕事だよ〜。一般生徒が休みだとしても、僕たち教師も一緒に休みだとは限らないんだよ…」
今にも泣き出してしまいそうなか細い声を上げる志度。合宿先でこれは可哀想に…これが大人の社会なのか。
今の志度を少しでも刺激するのは悪手だと思った陽人は、今度は桜の方を見る。
「すぅ…すぅ……」
寝ていた。ひんやりとしたフローリングの上に顔だけ横に向けて、うつ伏せで無防備にがっつりと寝ていた。
彼女には布団という物は存在しないのだろうか。その幸せそうな顔を見ていると、彼女の日常生活が少し心配に思えてくる。
ちなみに桜の服装は、上下とも淡いピンクのモコモコだった。下が太ももあたりのショートパンツ仕様とはいえ、この時期に暑くないのだろうか。
「志度さ〜ん、布団ってどこにあるんですか?」
彼女のあまりの状況に見かねた陽人は、志度に布団の所在を聞く。
すると、彼は書類から目を離さずにのんびりと答えてくれた。
「え〜っと、部屋の四隅のどこかの床に持ち手ない?その中に入れてるんだけど」
「あ〜っと…あ、ありました。これですね」
志度の言われたように四隅の床を見てみると、並べている荷物のすぐ隣の床に持ち手があった。それを引っ張ってみると、中の床下収納にピッチピチに詰まった布団が姿を見せた。
これ、床下に入れといて通気性とか大丈夫なんだろうか。カビとか普通に生えてもおかしくないんだが。
ちょっと衛生面で疑問を抱えながら、一番上の布団を引っ張り出す。
それを桜のすぐ隣で広げていると、志度がいきなり話しかけてきた。
「陽人くん…いくら桜くんが気になるからって、いきなり添い寝はどうかと思うよ?」
「ちっがいます!秋月さんが床で寝てるんで、布団の上に移動させようとしてるだけです!!」
あの男の頭はどうなっているんだろうか。常にピンク色の妄想に汚染されているんじゃないだろうか。
帰りに感じた志度への尊敬心を大いにすり減らしながら、着々と布団を敷いていく。
枕や掛け布団は、布団を広げていたら中から出てきた。それぞれを適当な位置に置いて、桜を移動させようと、何とかして持ち上げる。
(かっる!?何この人、本当に同じ人間?)
持った感じ30キロ程だろうか?めちゃくちゃ脚が細いと思っていたが、こんなに軽いとは思わなかった。
そんな桜を先程敷いた布団の上にポンと置き、上から薄い掛け布団を掛けておく。
「陽人くん…まるでスパダリってやつだね」
途中からそんな陽人の姿を見ていたのか、志度がそんなことを言い出した。
「スーパーじゃないですし、てかそもそも付き合ってませんよ、俺ら」
また志度の戯言か…と、少しうんざりしながらも律儀に返事をする。
「いや〜…2人の結婚式にはぜひ僕も呼んで欲しいなぁ」
「変なこと言っていると、いい加減ねじりますよ?」
「ねじるって何を…?あ、大丈夫です!実践しなくても何となくわかるので!僕、優秀なので!」
口答えする志度に嫌な笑みを見せる陽人。それで何かを察したのか、急に志度が謝り始める。何かイラつくが、とりあえずもういいだろう。
「変なこと言うのはいいんですけど、そろそろ俺も寝ていいですか?」
1日みっちりと実践練習をしていたせいか、陽人の体力も実は限界だったりする。
志度もそのことは分かっていたのか、作業を一旦止めて笑顔を向けて陽人に答えた。
「うん、もちろん。1日お疲れ様、ゆっくり休んでね」




