少し大きく遠い背中
「はぁ、はぁ、はぁ……」
志度との実戦練習を始めて約3時間ほどか。身体に無数の傷を負いながらも、陽人は何とか志度と対峙していた。
最初はそれこそ数分で志度の治癒を受けていた陽人だったが、何度も繰り返す内にある程度は戦闘らしい戦闘をできるようになってきた。
「少しはマシになったけど、でもまだまだかな…」
陽人に渡したものと同じ剣を肩に担ぎながら、ポツリと感想を残す志度。彼の方にも幾つかの傷が見えたが、それでもやはり陽人に比べたら軽傷だった。
「遭遇戦の時、霞くんと何か話してたみたいだけど…一体何話していたの?」
陽人の呼吸が少し落ち着き始めた頃を見計らって、志度が質問をぶつける。
「あの時ですか。…ずっと挑発されてただけですよ」
少し自虐的に答える陽人。それを聞いて志度は、また別の質問を投げかける。
「じゃああの時、いつもと何か違うような感覚はあった?」
「違う感覚…ですか。自分でもびっくりするほど身体が軽くて、魔力もすごい思いのままだったような…位ですかね」
必死に思い出して答える。その最中に攻撃されるかもと思ったが、今の志度にそんなつもりはないようで、顎に手を当てて頷いていた。
「なるほどね…てことは暴走してたってこと?でもそれにしては時間が短かったような…?」
「あ、あの〜…志度さん?」
しばらくそのままウンウンと唸っている志度。気になって声をかけてみるが、悲しいことに反応は全くない。
「どうしよっかな〜……。まいっか!」
しばらくそのまま待っていると、志度の中で答えが出たのか、顔をあげて陽人に声をかける。
「とりあえず、そろそろ練習を切り上げて小屋に戻ろっか」
志度に言われて空を見上げてみる。青く晴れていた空は、いつの間にか茜色に染まっていた。
「もうこんな時間だったんですね…。ずっと戦闘に集中してたせいで全然気付かなかった…」
「最初の方はそれでいいよ。でも、ある程度慣れてきたら周りの状況にも気を配れるようになって欲しいかな」
そう優しく微笑みながら近付いて、陽人の治癒を始める志度。しばらくするとそれも終わったのか、陽人の方に手を伸ばしてくる。
「ほい、剣ちょうだい?」
「あ、はい」
言われて、志度に赤い剣を返す陽人。それを満足そうに受け取ると、志度は小屋の方へ歩き出す。
「さあ、帰ろ。日が暮れちゃったら何にも見えなくなっちゃうよ〜」
戦闘の時と全然違う緩い雰囲気。もしかしたら志度なりに、緊張させないように気を使っているのだろうか。
そう考えながら志度の後ろを歩いていると、何だか彼の背中がいつもより大きく見えてきた陽人だった。




