狙撃手の近接技術
「……!」
桜が全力で霞に肉薄する。そのスピードは霞には遠く及ばないものの、射撃で飛び回っていた時よりは幾段も速い。
桜は最初は草や土を踏み鳴らしながら近付いていたが、いつの間にか彼女の姿は地上から消えていた。代わりに幾つかの木枝がガサガサと不自然に揺れ動く。
「…始まったか」
そう言って霞は目を閉じて、耳に意識を集中させる。
この“森”というロケーションは彼女にとって非常に都合が良いだろう。ちゃんと意識して聞き分けないと、風で揺れる音に紛れて彼女の現在位置が分からなくなってしまう。
ガサ…ガサ…ガサ…と、枝をまるで忍者のように飛び回る彼女の音。ほんの少しずつではあるが、それは着実に霞の元に近付いている。
「…っ!そこか」
真後ろで一際大きな音が聞こえ、目を開いて振り返った霞は、確認するより先に木刀を振るう。
「…相変わらず、ほんと早い」
その木刀の先に、木のナイフが勢いよく食らい付く。
無表情ながら、満足したような声を出す桜。彼女はそのまま木刀を弾き、霞の頭上をV字に飛び越えた。
そのまま近くの木を蹴り返して、すぐ霞に突進を始める。
「忍者ごっこはもう終わりか?」
「通じない相手に何度も同じ策を使うほど、私も馬鹿じゃない」
まるでキスでもしそうなほどの近距離で、お互いに睨み合う2人。
2人の間で木がカタカタと音を立てるが、すぐに桜の方から距離を離す。
「本気、で良いんだよね?魔力を使ってでも」
「ああ、そうだな。神器でも使うのか?」
「もう二度と使わない。あんなもの」
自虐的な声を出し、目を瞑る桜。少しすると彼女の周りを静かに魔力が舞い始め、規則的に円を描き始めた。
「じゃあ、いくよ」
次に彼女が目を開いた時、その瞳がほんの少し明るい色に染まっているように見えた。
一瞬間を置いて、桜が霞の懐へと姿を消す。彼女の動く速度はまさに、霞が矢を破壊していた時とほぼ変わらない。
「…少し早くなったか?桜」
切り落とすような桜のナイフを霞が簡単そうに受け止めた。
それを見た桜はすぐに跳んで、木刀を飛び越えるようにして回し蹴る。
すんでのところで躱した霞だったが、桜の次のナイフ攻撃は避けられそうな状況ではなかった。
ガンッ!!と、まるで石のような音が辺りを震わせる。
ナイフから伝わるものが桜の思っていた手応えとは違い、ナイフの先を見てみる。桜のナイフは、無理矢理割り込んでいた霞の木刀によってカタカタと音を立てていた。
「パンドラは使わないが、状況によっては俺も魔力を使うに決まっているだろ」
いつの間にか霞の周りにも、桜と同じように魔力が身体を囲んでいた。




