終わりない誘い
「てことで、これ持って」
赤い剣を突きつけたまま、ケロッとそんなことを言う志度。直前までシリアスだった雰囲気が全部ぶち壊しだ。
「これって…この剣ですか?」
陽人が確認するように赤い剣を指さす。
「そう!ほらほら〜、早く握らないと陽人くんの首跳ねちゃうぞ〜?」
志度が剣をふらふらと左右に振る。
やめろよ…あんたがさっき付けた傷のせいでちょっと痛いだろうが。
「あの…じゃあさっきのピリピリした空気なんだったんですか」
「あぁ、さっきの?さっきのは…何となく?」
悲報。何となくで頬に切り傷をつけられた模様。
「あんたふざけんなよ!?何だよ何となくって!!気分であんな意味ありげなことするやつがどこにいるんだよ!!ほら見ろここ!この頬の傷!あんたが何となくでこれ付けたんだぞ!?体罰だぞ体罰!!これ学校に訴えたらあんた加害者だぞ!いいのか訴えても!!」
あまりの空気の落差に、またもプッチンしてしまう陽人。
でもこのくらい許して欲しい。せっかく生唾を飲んで、覚悟を決めようとしたらこれなのだから。手が出なかっただけマシと言うものだろう。
「落ち着いて陽人くん!さっきのは本当に悪かったから!!て、え?その傷僕が付けちゃったの!?ごめん、ごめんよぉ!!ほら、このと〜り!謝ってるから、学校だけには言わないで!!クビになっちゃったら僕この山で住むことになっちゃうから!!」
陽人のあまりの怒りっぷりに、たじろぎながら謝罪し始める志度。
ていうかこの傷付けたこと気付いてなかったのかよ!!誰だよ、朝食の時に「自分で制御もできない攻撃」が何とか〜って言って霞を挑発してたやつ!あんた全然制御できてねえじゃねえか!!
「と、とにかく!!その傷治してあげるから…許して?」
少し上目遣いにしてそう言う志度。いや…普通に気持ち悪いんですが。
「何ですか気持ち悪いなぁ…。分かりましたよ、今すぐ治してくれるなら良いですよ。黙ってあげましょう」
志度に対して少し憐れの感情を持ち始めた陽人が、少し譲歩した提案をする。ついでに本音も少し漏れた気がするが…。
「気持ち悪いって言われた…自信あったんだけど……」
志度は少しショックを受けたような顔を見せながら、陽人の頬の傷に手を近づける。
「な、何ですか…?」
直接触れることはない。陽人の顔のラインに沿わせるように手を曲げ少しそのまま静止する。
5秒ほど待ったところで、志度は陽人の頬から手を離した。
「はい、治ったよ」
「治ったって、そんな訳…」
あまりにも簡単そうに言ってのける志度。彼のそんな口調を疑いながら、傷のあった場所を自分で撫でてみる。
「え…?治ってる……」
触っても傷の感覚は無く、元のままに戻っていた。撫でていた手を顔から離して確認してみる。そこには血など付いてなく、何か体液に濡れた感じもない。
陽人の言った無茶振り通り、この男は本当に“今すぐ”やってのけた。
「もしかして、志度さんって治癒の特殊能力持ち…?すっげぇ!さすが我らが志度先生ですよ!!」
「ねえ待って何その取って付けたような先生呼び!もっと尊敬を込めて、普段から言ってくれないかなぁ!?」
興奮して喜ぶ陽人に、少し怒ったような態度の志度。2人の相性は余程いいのか、全くどうして話が進まない。
「ま、まあ…これで分かったよね。よっぽどの傷でもない限り、無理にでも治せるんだよ」
そう言っていつの間にか下げていた剣を、持ち手を陽人の方に向けて差し出す。
「そうですね…。実戦練習には都合の良い特殊能力ですね」
陽人は今度こそ生唾を飲み込み、覚悟を決めてゆっくりと志度の差し出す剣を受け取った。




