山に伝わる故事
「てことは、この合宿は俺のために?」
「朝食の時に言ったように、命のやり取りを学んでほしいのもあるんだけどね。でもわざわざこの山を選んだ理由は陽人くんのためだよ」
一通り山について教えてくれた志度が、優しく陽人に言う。
この山の話は以下のものだった。
昔この山には常に飢えた怪物が住んでいた。その怪物は他の動物を見つけるとすぐに喰らい付き、いつの間にかこの山全ての動物を胃の中に収めていた。
噂を聞きつけた無名の勇者が、怪物の魂を自らの剣に封じ込めようとした。
結果として勇者の作戦は成功、怪物は見事に魂を封印された。たった一つの誤算を残して…。
そのたった一つの誤算とは?
もちろん、話が終わった直後にその質問をしたが、
「分からない。ただ、平和なものじゃ無いだろうね。洞窟の奥深くに、それも結界を張ってまで厳重にしてるらしいから」
「…どう言うことですか?」
「剣の威圧を誤魔化すためだよ。わざわざ洞窟を作って、そこに幻惑魔法や古式の特殊結界を大量に張らないと、この山に近づくことすら出来なかったらしいから」
志度はそれ以上深い話はしなかった。というか本当に知らないんだろう。彼の口調はまるで、暗記した説明文を一語一句間違えないように言葉にしているようだった。
「ちなみに、ここに動物がいない理由はもう分かる?」
「…怪物の話で、本能がこの山を避けている?」
「それともう一つ。洞窟に張られた魔法や結界のせいで、空気の澱みが酷くて生きられないから。この山で生きられるのは魔力に慣れている人間だけ、他の動物はきっと1週間と経たずにに息絶えるだろうね」
志度が真面目な目をしてそう言った。
その話を今度は茶化さずに聞いていた陽人だったが、志度のあまりにも非現実な話には中々ついていけない。と言うか、疑問点が多すぎる。
近づくことすらできない山にどうやって洞窟を作って、どうやって魔法や結界を張った?それより、どうしてここまで話が漏れているのか。そもそも無名の勇者とは?
あまりにも不明点の多い説明だが、志度のあまりの真剣さに、陽人はその説明を信じることにした。
「…で、俺はその封印された剣を武器にできると?」
「少なくとも、僕はそう信じているよ。君ならその封印を解ける…その資格も素質もあると」
「どう言うことですか?」
含みを存分に持たせた言い方に陽人が反応する。すると志度は急に満面の笑みを浮かべてきた。
「陽人くんには実力が足りないんだよ!せめて今の僕に余裕で勝てるくらいじゃないと、逆立ちしても使い手にはなれないだろうね!」
「分かりました、じゃあ今日をあなたの命日にしてあげますね」
相変わらずすぐ茶化し始める志度に笑顔でブチギレる陽人だった。




