同胞の信用
合宿二日目。朝早くに小屋を出た志度の全身を、朝焼けが強く包んでくれる。
昨日は結局あのまま最後まで自由時間とした。というか、そうせざるを得なかった。志度の運転技術の問題だろうか、全員どこかぐったりしていたのだ。
「そんなに僕の運転荒いかなぁ?」
1人森の中でそう呟く。でもその言葉に応じてくれるのは風に揺られる木々のざわめきだけで、否定か肯定かすらわからない。
にしても…森を朝早くに散歩するのは良いものだ。心地よい風と空気が身体に染みて全身が洗われるようで、とても気持ちが良い。
寝起きのボーッとした頭や、感覚が鈍っていた身体が少しずつ覚めていくのが体感できる。
そのまま少し歩いていると、湖のある開けた場所に出た。
「おお、こんなアニメチックな場所があるなんて」
早速湖の水を手で掬って顔を洗ってみる。
サラサラした柔らかくて冷たい水。いつも街で使っているあのカルキ臭く粘っこい水とは違ってとても気分が良くなる。
「良いなぁ…この水。持って帰って毎日使いたい位だ」
「じゃあ勝手に持って帰ったらどうだ」
志度の背後から冷たく低い声が聞こえる。
志度が呆れたようにゆっくり振り返ると、やはり…そこには霞の姿があった。
上下共に黒いジャージ姿なところを見ると、おそらく彼も寝起きだろう。
「いやだなあ。独り言の冗談に反応するなんてマナーがなってないよ。それとも、揚げ足とる事が生きがいの人なの?」
「ほざけ。貴様に聞きたい事があったからついて来ただけだ」
散歩中に背後に気配があるのは気づいてはいたが、無視していたら諦めてくれると思っていたのは間違いだったらしい。
「何?今は気分いいから何でも教えてあげるよ」
「どうして合宿をこの山にした」
志度の言葉を聞くと、霞が簡潔に聞いてきた。
「…この山のことを知ってるんだ。感心したよ」
「貴様の関心などどうでもいい。どうしてこの山にした、と聞いている」
霞の目が少し鋭さを増した気がした。どうやらここは、正直に答えないといけないらしい。
「陽人くんには自分の武器がないんだ。君の“パンドラ”や、僕の“ハイマ”みたいにさ」
「……そうだな」
霞からきっと来ると思っていた質問が素通りされたので、志度の口からついそのことを聞いてしまう。
「あれ、桜くんはいいんだ?」
「桜は…いい、あいつには天賦の才能がある。それより、話を続けてくれ」
どこか歯切れの悪い反応…。サバサバした霞にしては珍しかった。
「まあ、いいけど…。というか、この山のこと知っているならもう言わなくていいよね?」
「薄々気付いてはいたが、正気か?」
志度の言葉に眉を顰める霞。どうやらこの合宿の意図は伝わったようだ。
「そのまさかだよ。陽人くんには、この山に眠っている“逢魔”の使い手になってもらおうかと思って」
「寝呆けて戯言を言ってるんじゃないだろうな」
「失礼な、眠気なんて散歩中にすっかり覚めたよ。それに…陽人くんなら絶対にあれを手に取れる。僕の命を賭けてもいいよ」
「……そうかよ」
志度の真剣さに呆れた霞がため息も無くして帰っていく。
「きっと、彼はやってくれるよ。僕が保証しよう」
志度の最後の言葉は、きっと霞には届かなかっただろう。




