気弱い化け物の片鱗
2人の間に一筋の風が吹く。どこまでも現実に近いVITの世界では、空気の乱れも繊細に感じられる。
「……」
桜の息を呑む音が聞こえた。彼女を別のところに移動させておけば…そんな後悔が霞の胸に渦巻く。
ただこの空気を壊すようなことをできる人間は、今ここにはいなかった。
戸賀の首に、冷えた雫が一筋滴る。
(こんな緊張…味わったことない)
志度の時のような、恐怖と絶望に染まった緊張ではない。
恐怖と圧と…無限に広がる挑戦意欲で満たされていた。
(この人に僕がどこまで相対できるか、やってみたい。あわよくば…勝ちたい!)
霞の先程の言葉のせいか、彼が今こちらに向けている挑戦的な目のせいか…恭弥の感情がどんどん獰猛な好奇心に変わっていった。
「…3、2、1」
おもむろに桜がカウントを始めた。
「…ゼロ」
「……っ!!」
そのカウントが終わると同時に、恭弥は杖を霞に向ける。
(できるだけ速く、重く…!)
周りの魔力をかき集め、イメージを固める。
「ほう、それで魔法が展開できるのか。…面白い」
霞の興味深そうな声を耳に挟みつつ、魔力にイメージを流しこむ。
(火種を生成、酸素を作って燃焼を発生・促進…。周りを魔力の壁で囲んで孤立、絶えず適当割合で酸素を供給…)
2秒ほどか。恭弥の魔法が完成したと同時に霞の方を見据えて発射する。
「…桜、下がっておけ」
霞が駆け出し、恭弥の魔法を身を捻って紙一重のところで躱す。
「…あの短時間での魔法にしては、驚くほどの出来だ」
恭弥に狙われにくいように、霞は彼の頭上へと跳ぶ。
「逃がすわけ…!」
霞の跡を追うように駆けていく幾つもの恭弥の魔法。それ自体は霞の思惑通りだったが、数が想像の倍は近い。
(気が弱いだけで、こいつも化け物か…?)
その光景をチラリと見ながら、空中で弓を構える。
「良い才だ。…俺などよりよっぽど」
「当たれぇ!!」
少し自虐めいたことを言う霞、とうとう彼の目の前に迫る恭弥の魔法。
そして彼の視界に最後に映った光景は、炎を纏いつつ猛進する矢と…期待に満ちた目で見つめる、霞の姿だった。




