起こしてしまった化け物
突如、志度の全身が赤黒く染まる。
「なっ…。まだそんな余裕が…!?」
「僕にとって、君たち2人と遊ぶのは楽しみの一つでね…別に、入念に下準備をやっててもおかしくないだろう?」
空中で驚きの声を上げる霞。志度はそんな彼の顔を見下ろしながらポツリと呟いて、優しく笑った。
次の瞬間2人の周辺の空間に、暴風が吹き荒れる。
「…おぉ、桜くんもこんなに成長してたんだ」
「嘘だろ……?」
まるで圧縮された空気がいきなり開放された荒れ様は、2人を地面に叩き落とすだけでなく、それぞれの距離を遠くに引き剥がしていく。
「あれを、破壊した…!?」
ビルの室内で2人を見ていた桜が、ただ呆然とする。
志度はもう片手に刀を生成し、それで桜の矢を破壊した。
彼が何本も刀を作るのは今に始まったことじゃない。だが桜の放った本命の矢は、そう簡単に破壊できるような柔な細工はしていなかった。
「……切り替えていかなきゃ」
冷静に考えれば相手にしているのは今までの志度ではない。未知数の、ほぼ人間を辞めている化け物だ。
桜は自分にそう言い聞かせ、持っている弓と矢筒を見る。
「…あと十発。それであの人を出し抜く方法は…」
弓を構えながら思考を巡らせる。もちろん一瞬のチャンスを見逃さないためにも気の緩みは一切許されない。
そう2人を冷たい目で見据える彼女の後ろには、一本の刀が壁に立て掛けられていた。
屋上に叩きつけられた霞を待っていたのは、赤の猛襲だった。
「ふざけるなよ。…んの野郎!」
上からも、下からも、左右からも迫ってくる巨大な触手のようなものを斬り伏せながら、志度の居るであろう場所へと走っていく。
(この赤い塊も全部…絶対に許さねぇ)
赤いそれを斬り伏せるたびに、霞の怒りが増大されて次の振る剣の速度が速くなっていく。
そして全て斬り伏せた時、霞の視界に広がったのは…鉄柵と街を見下ろした風景だった。
「馬鹿だね、霞くんは」
「……っ!?」
後ろから声が。すぐ振り向くとそこには、霞に刀を突き立てようとしている志度の姿があった。
「…ちっ!」
その攻撃を避けようとしても、いつの間にか足首を拘束されていて動けない。
(ここまでなのか?俺たちの全ては…)
もしここで霞が伏せられてしまえば、あとは志度にとっての敵は桜だけになる。でも恐らく、彼にとって彼女は“優秀な狙撃手”止まりで、もはや脅威と思っていないかもしれない。
悔しさを噛み締めながら半分負けを考えた霞の目の前には…見慣れた人の、見慣れない姿があった。




