どこかの経験 その2
「うん、お願い」
陽人は先程の話を頭で整理しつつ、次の言葉を促す。
「もう一つ。お前は魔力を放つ時、ちゃんと魔力を纏めておるか?」
「ちゃんとやってるよ。ていうか纏めないと、魔力がバラけちゃうじゃん」
老人の問いかけは、陽人にとって常識に近いものだった。
と、思っていたが。
「そうか…では質問を変えよう。お前は魔力を放つ時、“集めた魔力が100%相手に届くよう”に、何か対策はしておるか?」
「えっ、と……」
(そこまで考えてなかった…)
と言うより、そこまで魔力に対して深く知らなかったと言うべきか。
返答に困る陽人に、彼が合づちを打った。
「ほう…では、一つ手本を見せてやろうか」
そう言い、陽人から数メートルほど距離を取る老人。
「今からお前に魔力を放つ。それを正面から観察し、その身で体験してみぃ」
振り返った老人は陽人の方に両手を伸ばした。
周囲から集まった魔力は彼の手のすぐ前に集約し、少ししてその魔力が小さく纏められていく。
「すげぇ…俺と全然違う」
彼の集める魔力は陽人の何倍も多く、それが巧みな技術でどんどん凝縮されていく。
陽人の放った魔力の、丁度半分くらいの大きさになった時、老人の魔力に何かが施されて陽人に放たれた。
(…さっきの、何をしたんだろう?)
一瞬考え、今の自分では結論に至らないと思った陽人は、自身の前に魔力を集めて纏め、結界を作る。
“魔力を集める”という作業は陽人にとって初めてだったが、案外イメージ通りにでき、軽く拍子抜けした。
少しして、陽人の結界と老人の魔力がぶつかった。
「え、ちょ…!?」
二人の魔力は少しの間鬩ぎ合っていたが、異常に硬い彼の魔力は陽人の結界にどんどんめり込んでいき、そのまま結界を貫通していった。
勢いそのままでに迫ってくる魔力に対し、陽人は目を閉じて身構えていたが、しばらくしても衝撃を感じる事はなかった。
「はっはっはっ。わしがお前を傷付ける訳無かろう」
暗闇の中、陽人に掛けられた声はとても優しいものだった。
恐る恐る目を開けてみると、陽人の目の前にはとても穏やかな顔をした老人の顔があった。
「爺ちゃん…。さっきの魔力は…?」
「そんなの、お前の結界を破ったすぐ後に霧散させたわ」
そう言い、ハッハッハッと大笑いする老人。
さすがと言うべきか…彼の魔力の技術は陽人とは比べ物にならないほど卓越していた。
目の前で笑う老人に呆気に取られていると、一通り笑い終えた彼はにっこりと聞いてきた。
「で、わしの魔力はどうじゃった?」
「見た目の割にすごい詰まってて重くて…あと、めちゃくちゃ硬かった」
陽人の感じた素直な感想。それを噛み締めるように聞いた老人は、丁寧に話し始めた。
「そうじゃ。魔力が多く、十分に凝縮すれば重い一撃になる。そして、何かにぶつかっても簡単には解けんように、集めた魔力の周りに膜を作る。そのおかげで魔力を100%相手に届けることができ、攻撃の貫通力も上がる。わしの言う“魔力を纏める”とはそのことで、お前が硬いと感じた理由も纏めた結果じゃ」
「なるほど、集めた魔力の周りに膜を…。それって、どうやって作るの?」
「そりゃ…わしが教えることはできん。お前が自分で考えるんじゃ」
少し残念そうに言う老人。彼のその顔にはなぜか哀愁が漂っていた。
「それって…何か理由が?」
「いくら血が繋がっておっても、わしとお前が別人だから…理由はそれだけじゃ」
(どういうこと?感覚とかも教えられないのかな…?)
そんな疑問を脳内に抱いたが、彼の顔を見るとそれを口にする気はなぜかなくなった。
「わかった。じゃあ今からやってみるから、みて…て…」
突如陽人を襲う倦怠感。急に離れる意識に陽人は何も抵抗できず、そのまま陽人の意識は遠くのどこかに飛んで行った。




