どこかの経験 その1
「……」
意識がはっきりした時、陽人は河川敷で立っていた。
すぐ近くに大きな川が流れており、少し向こうには電車や車の通る橋が通っている。
どこにでもありそうな…田舎を感じさせる河川敷。青空の下に広がる日常の中に、陽人の目の前に1人の老人が立っている。
「こら陽人、もっと魔力を集めんかい」
腰を曲げ、顔が皺だらけのその老人に、陽人は見覚えがあった。
「じ、爺ちゃん…?」
軽く埋もれていた記憶の中。陽人が実の両親と暮らしていた頃、家の中の仏壇に飾られていた写真の人物と瓜二つだった。
「何しているんじゃ、早うワシに撃ってこい」
その老人は小さな身体をめいいっぱい広げ、陽人に叫んだ。
「いやでも、それじゃ爺ちゃん死んじゃうよ!?」
「何言ってるんじゃ、まともに一発も撃ててないくせに。孫のお前に心配されるほどわしゃ弱ってなんかおらんよ」
思いっきり断言された…。老人は動く気配なんて全くなく、全身で陽人を受け止めようとしている。
「じゃあ…思いっきり行くよ…!」
両手を前に伸ばし、いつものように魔力を纏める。
拳くらいの大きさになったそれを、老人に向かって手加減なく投げつけた。
「やっぱりの…。手段が二つ抜けておる」
ボソッと老人から声が溢れる。
陽人の纏めた魔力は、彼の周りに張られていた透明の結界にかかった瞬間、急失速した。
それも遅くなっただけじゃない。急に魔力がバラけていき、最後は塵一つ無く消えていた。
「…………え?」
その光景を目の当たりにし、混乱する陽人。
(当たることすらなかった?それにあの結界…見たことない、何があった?)
目を見開き、固まる陽人に老人が近づいてくる。
「お前は魔力を放つとき、工程を二つも抜いておる。もし相手にそれを見抜かれたら瞬殺されるぞ?」
真面目な顔で陽人に語りかける老人。その雰囲気に押し負けた陽人は、大人しく話を聞く。
「まず魔力を集めるとき。魔力は空気中に浮かぶ気体と同じように、ほぼ均一に浮かんでおる。なのにお前はその中でほんの小さな範囲でしか魔力を集めておらん…いや、その場にあるものをテキトーに纏めておるだけじゃないか?」
「………うん」
図星だった。どころか、そもそも魔力がそういう存在であるとは思っていなかった。
「それじゃ他の技術がどんなに卓越しておっても、威力はいつまでも弱いままじゃ。いいか?魔力は魔法の基礎。これをいかに多く纏められるかで威力の差が出ると言っても過言じゃあない。空気中に漂う魔力をめいいっぱい集めるんじゃ」
「めいいっぱい…」
彼の言葉を何度も心の中で反芻する。
「そう。じゃがな、集めすぎには注意じゃ。何も考えずに魔力集めに集中しすぎたら、全部暴走して無くなってしまう。“自分が制御できる範囲”で最大限集めるのが重要じゃ」
「なるほど…。その“自分が制御できる範囲”の魔力って、鍛えたりとかできるの?」
「もちろん。毎日コツコツと魔力を集める練習をしていたら、どこまでも鍛えられるぞ」
「どこまでもって…」
「言葉通り、どこまでも…じゃ。もちろん個人差で限界はあるが、お前はわしの孫。他の人よりは上限は高いはずじゃ」
老人はとても誇らしそうに話す。その姿を見ていると、陽人の心はとても穏やかになっていく。
「それで、もう一つについてなんじゃが…」




