ケイドロをしましょう
いくつもの剣戟。志度はともかく、“霞”と呼ばれた男までも、先の戦闘を感じさせない激しさだった。
「最初から君も、こんな感じで来てくれたらよかったのに…ね!」
相手を左右に振り回すような動き。男の剣を強く弾いた志度は、刀を男に向けたまま勢いよく左手を奥に引いた。
直後に志度の足元に湧き出る赤黒い液体。それは志度の脚を這うように昇っていき、いつしか下半身全体を覆っていた。
変化は志度の刀にも現れた。少しずつ伸びていく刀身。50センチほどだった長さは60センチに、さらに伸びて70、80センチに…そして気付けば1メートルを少し超える長さになっていた。
「じゃあ、楽しいケイドロの始まりだ…」
ニヤリと笑い、足が少し前に動く。
志度の姿が少し歪んだと思えば、男を通り過ぎたところで左手を伸ばして立っていた。
「く…!?」
いつの間にか男は大剣を床に突き立てており、苦しそうに顔を歪めていた。
「リアクションありがとう、まだこれからだけどね」
振り返った志度は男を見据え、先ほどと同じポーズを取る。
「今度はもっと、楽しくしてあげる」
同じ速度、同じタイミングで志度の姿が消える。
そして次に志度の姿が映ったのは、背中を向けた男のすぐ近くだった。
丸くなった男の身体を喰らうように飛びかかる志度の顔は酷く歪み、理性を失った獣を感じさせる。
直後、外から巨大な空気を纏った何かが志度を襲っていた。
「な…!?」
志度の反応も声に留まり、そのまま壁にぶつけられる。
派手な音を鳴らしながら崩れる壁の向こうにある部屋で、尻餅をつき、右手を頭に当てながら志度が笑う。
「いや〜、そういえば霞くんのお友達のことを忘れていたよ。視野がすっかり狭まってたね」
「笑わせるな、気付いていたんだろうが」
ガラガラと音を立てながら部屋に入る男に、志度が言葉を返す。
「まあね、でもあんなに急加速するのは想定外だったよ。桜くんも面白い魔法を使うようになったんだねぇ」
「ちっ…面もバレてたか」
「あの精度、威力、そして隠密スキル。どれを取っても桜くんほどの狙撃手は他にいないからね。ていうかどこにいるの?場所教えてくれた方が嬉しいんだけど」
「言うわけ無いだろが」
「まぁ、そりゃそうだよね。…知らない事は教えられないもんね」
少し吊り上がる口端、心の底まで覗いてそうな薄目を見せる志度の首筋には、一筋の透明な雫が伝っていた。




