重くて固いのと軽くて柔いの
「どこにいる!?このふざけた茶番もそろそろ終わりにしないか!?」
痺れを切らしたのか、視界の中で怒号を喚く菜季戸。
(最初の威厳はどこに行ったんだろうな…?)
あの厳かな落ち着きはどこに行ったのか。
疲れを隠すためなのか、避けられるばかりでイライラしているのか…ずっと叫んでいる菜季戸から徐々に必死さを感じられた。
そんな菜季戸を注視しつつ、気付かれないように近くの枝を何本か手折る。
両手に枝を持ち、そこに魔力を流し込む。魔力が流れた枝は青白く発光していく。
(よし、これで準備はできたな。)
つい最近まで魔力の扱いは苦手だったが、今はお陰でお手の物になっていた。
枝に魔力を流していないとすぐに折れてしまい、使い物になる訳がない。
(正直、これでも気を付けないとすぐ折れるだろうな)
強化しても所詮は枝、あの戦斧に比べれば耐久力も鋭さも重量も劣るなんてものじゃないだろう。
「まあ、そのお陰で勝てるかもしれないんだけど…!」
菜季戸がゆっくりこちらに振り向く。もちろん陽人を見ているわけじゃない。
だからこそ、今仕掛けるのが良い。
自身の脚に魔力を流し、脚力を上昇させる。
そのまま全力で菜季戸の元に飛び込み、こちらの存在に気付かせる。
「そこか……なっ!?」
超スピードで近付く陽人に気付いた菜季戸は、一瞬は存在に安堵したが、陽人の速さに身体の動きが止まっていた。
「そんな反応を見せてくれるなんて、ありがとうございます!!」
菜季戸の状況整理を一瞬でも遅らせるために、言葉という情報を投げ捨てる。
それでも反射に近いのか…少し構えるように動いた戦斧の柄を、スピードも体重も全部乗せて枝で吹っ飛ばす。
戦斧を手離すことは無かったが重心が完全に崩れ、戦斧で身体を支えている菜季戸の脇腹を、V字に跳びながらもう片手に持っている枝で逆袈裟切りのようにぶん殴る。
枝が2本とも粉々に砕け散ったが、菜季戸の苦悶する表情で安心した。
(オーガでもロケットでも、痛みは感じるんですねぇ…)
この流れを崩すなよ、俺…!
そのまま両手とも自分の背中に突っ込み、中に入れておいた枝を両手に掴み、すぐに魔力を注ぎ込む。
早くもゆっくり動き始めた戦斧を左手の枝で押さえつつ、右手の枝で無防備な菜季戸の首を全力で振り飛ばす。
「ぶっ飛べぇええええええ!!!」
「な!?っ……!!」
まともな反応をとる時間もないまま菜季戸は飛んでいき、背中から地面に激突していった。
痛みを感じることもなくなったのか、少し楽そうな顔をしながら菜季戸の口が開く。
「…よかったぞ、今までの誰よりも手ごたえがあった。私の固い頭では追いつけない、振り返ればとても有意義な時間だった」
前回の優勝者としてはこれほどまでにない情けない最後だが、菜季戸という人間にとっては何か感じられる戦いだったのか。
「楽しかったですよ、あんなハラハラした鬼ごっこ初めてでした」
少しにこりと笑った菜季戸の身体から光の粉がゆっくり空に舞い上がる中、陽人の言葉はゆっくり地面に落ちていった。




